内藤麻里子の文芸観察(9)

世の中(人間=じんかん)には、どんなに理不尽でもままならないことはたくさんある。大方の人は現状に甘んじ、漫然と過ごす。しかし残り一厘の人が「何のために生まれてきたのか」と自問し、異議を申し立て、理想を掲げて苦闘する。

今村翔吾さんの『じんかん』(講談社)は、そんな姿を戦国武将、松永久秀に託して描いた歴史エンターテインメントの快作である。

松永久秀と言えば、名物といわれる茶道具を持っていたとか、織田信長に二度の謀反を起こしたとかで知られる。他にも、主家乗っ取り、将軍暗殺、東大寺大仏殿焼き討ちの大罪を犯したともいわれる戦国屈指の梟雄(きょうゆう)だ。その所業の派手さで、小説の題材として人気が高い。そして、今村さんは、「羽州ぼろ鳶組」シリーズや、『童の神』(2018年)などで今注目の娯楽小説作家だ。どう料理してみせてくれるか、期待が高まる組み合わせと言っていい。

久秀による二度目の謀反の知らせから幕が開く。久秀からの書には、降伏条件はただ一つ、「三十七人の家族を救って頂きたい」とある。これはどういう意味か。わけが分からない小姓相手に、信長が久秀の半生を語り始める。

まず語られるのは、追剝(おいはぎ)で日々をしのぐ浮浪児集団だ。いずれ劣らぬ悲惨な境遇、集団の無残な壊滅の中から、後に松永久秀となる九兵衛がうっそりと立ち上がる。心に刻まれる登場である。やがて阿波の三好元長の謦咳(けいがい)に接して国づくりの夢を同じくするも、元長の急逝、「三好三人衆」との確執などに何度も足元をすくわれ、もどかしい歩みを繰り返す。

複雑に揺れ動く畿内情勢をつづる手際に目を見張る。500ページを超す大作だが、鮮やかな場面転換、端的な語りで飽きさせない。足軽や兵法者のとらえ方が新鮮だ。主家乗っ取りなど三つの大罪の経緯、信長と相いれる点など、読みどころも多い。己の根幹をなす証(あかし)を城の名称にしたり、小物遣いに象徴させたりと、読む者のツボを心得たサービスもたっぷり。

私の抱く久秀のイメージは、悪辣(あくらつ)な脂ぎった武将だったが一変した。九兵衛登場の場面に「恐ろしく端正な顔立ちである」とつづられていて驚いたが、今村さんは大きくて悲しい久秀像を描き出してみせた。

冒頭の「三十七人の家族」の真相が分かった時、胸を突かれる。そして、ままならない現実に一石を投じ、それが大きな波紋にならなかったとしても、投じ続ける勇気と根気の尊さをかみしめることになった。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て90年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。