逃れられない苦も仏さまの贈りもの 教恩寺住職・やなせなな氏

歌を歌い 心結んで

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。被災地でも私にできることをしようと思い、亡くなった方々の御霊(みたま)に手を合わせ、歌いました。聞いてくださるのは家族を亡くした喪服姿の遺族です。笑いもなければ、拍手も起きない。時には「帰れ!」と容赦のない痛烈な言葉を浴びせられることもありました。遺族の悲痛な思いが伝わってくると同時に、人生で最も大きな苦しみが“死”であり、遺された人が大事な人の背中を見送る苦しみからは逃れられないのだと思い知らされました。

限りある命の中で、生まれてきて、生きることに苦しみ、老い、そして病気になって死ぬ。これは、どんな人でも避けられないことです。だからこそ、仏さまの声に耳を傾け、人と支え合いながら精いっぱい生きるのです。私もさまざまな縁の中に出張してこられる仏さまを見つけ、精進しています。仏の道を求める修行は、日々の暮らしの中でできるのですね。

二度と巡り来ることのない“今”、誰かが誰かを想(おも)っていることは確かなことです。私たちも誰かのことを想いながら“今”を生きていきたいものです。何げない日々の生活も、人と人とが支え合うことで光り輝いて見えることでしょう。

一期一会のご縁、本日は、ようこそのお参りでした。

(6月10日、立正佼成会奈良教会での「第6回まほろば講演会」から)

【プロフィル】

やなせ・なな(梁瀬奈々) 1975年、奈良県生まれ。教恩寺住職。シンガー・ソングライターとして2004年にシングル「帰ろう。」でデビュー。「歌う尼さん」としてコンサート活動を行う。