【生物学者・福岡伸一さん】ウイルスを「正しく畏れる」 自然界の一部であると捉えて
生命は絶えず流れの中に 自然の精妙さに着目して
――日常生活で予防に努めるとともに、大切なことはありますか
私たちは日々、さまざまなストレスにさらされています。過剰なストレスは、免疫機能を低下させます。ストレスがある時に風邪をひきやすくなったり、皮膚に不調が出たりするのはこのためです。
私が推奨したいのは、良い習慣を心がけることです。それは適度な有酸素運動を続ける、入浴時にはゆったりと湯船につかる、バランスのよい食事を取る、睡眠の質を上げるといったことでしょうか。こうしてリラックスした状態で日々を過ごすことができれば、免疫システムを正常に維持することができます。それが最も効果的なウイルス対策であり、「正しく畏れる」ことに通じると思うのです。
――ウィズコロナの時代に求められる生命観とは?
多くの感染症は、人類に広がるにつれて、時間とともに一定程度に収束していきます。細菌やウイルスの潜伏期間が長くなるにつれ、弱毒化する傾向があります。病原体のウイルスや細菌にとって、人間は大事な宿主。その死は自らの死を意味します。ですから、病原体の方でも人間との共生を目指す方向に進化していくのでしょう。
そこで、着目したいのが「動的平衡」という生命の営みです。これは、物体としての生命は絶えず分解と合成を繰り返しているという考え方です。DNAや細胞レベルで見ると、人間はとどまることなく自らを壊しながら、つくり変えています。分子的には一年前と今の自分とでは全くの別物です。
生物がなぜ自ら分解と合成を繰り返すのかと言えば、絶えず細胞をつくり替えることで損なわれるのを防ごうとしているのです。どんな物質も時間とともに劣化しますが、分解と合成を繰り返してそれを抑えているわけです。
生命は絶えず流れの中にあり、それによってバランスを保っている――私たちは動的平衡という自然の精妙さに目を向けていくべきでしょう。
そして、この動的平衡には二つの特質があります。それは、自然界の利他性と相補性です。
例えば、植物は光合成をしたり、果実をつけたり、穀物にしたりしてくれているんですね。これは利他的な行為です。ただし、この利他性は、決して単なる自己犠牲ではなく、「持ちつ持たれつ」という相補性から生まれています。
要するに、人間以外の生物は全て利他性と相補性によって共存共栄しているわけです。しかし、人間だけがあたかも自然界で最も優位であるかのように身勝手に振る舞うようになってしまいました。近年、急増しているゲリラ豪雨や大型台風などの自然災害、今回のパンデミックは自然界からの警鐘ではないかと受けとっています。
ウィズコロナの時代に求められるのは、人間も自然界の一部であることを自覚し、「自利利他」の精神で生きることだと思います。
プロフィル
ふくおか・しんいち 生物学者。1959年、東京都生まれ。京都大学卒。米ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て、青山学院大学教授、米ロックフェラー大学客員研究者。生命の本質に迫る研究と執筆を重ねる。『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、新書大賞を受賞。