【基督教独立学園高校前校長・安積力也さん】次世代のために、今、大人たちがやるべきこと
負の世代間伝達を断ち 若い世代に希望を
――若者たちの特性に変化が現れ始めたのはいつ頃からですか
バブル経済の末期で、マスコミが幼児虐待を取り上げ始めた1995年あたりです。虐待の背景には、「世代間伝達」といわれる親から子、孫へと伝わる負の遺産伝達の問題があります。
例えば、お母さんが仕事や家事の忙しさのあまり、甘えてきた幼子に「あなたさえいなければ」と言ってしまったとします。幼子は親の愛なしには生きられず、母親のこの言葉には耐えられません。すると、幼子の心の防衛機制が働き、不都合な記憶を無意識に心の奥底に閉じ込めるのです。こうして心に受けた傷やトラウマを未解決にしたまま、日常生活では思い出せないほどにまで忘れます。
その子供が大人になって結婚し、子供が生まれ、いよいよ子育てが始まります。その時、忘れていたはずの記憶が呼び起こされ、わが子というスクリーンに、自分の心の傷やトラウマを、より拡大した形で投影してしまうのです。そして、自分が親からされた以上にわが子を傷つける言動をとってしまう。その子供は同じように、親から受けたこの傷を心の奥に押し込めます。この繰り返しのメカニズムが、負の世代間伝達です。この負の連鎖を断ち切ることが、これからの時代に若い世代が確かな希望を持って生き抜くために重要な課題になります。
――大人が今、やるべきことは?
若者の心の求めに応えることです。それには二つあります。
今、この国の子供たち、若者たちの最大の悲劇は、「待っていてくれる大人」「聴いてくれる大人」「本気で向き合ってくれる大人」がいないことです。若者が自ら経験し、何かを感じ、内側から湧いてくる思いや願いに立って生きようとすることを、忍耐強く見守り、徹底的に耳を傾けつつ、その成長を待つ。大人が「それでいいんだよ」と保障することが大切です。自分を信じて待ってくれる大人が一人でもいれば、若者は心がどんなに揺れても、決定的に崩れることなく、自分なりの人生を歩めるようになります。
もう一点は、若者自身が自らの心に閉じ込めた闇と向き合えるよう、まずは大人たち一人ひとりが、自分の心の闇に封印した未解決問題と向き合うことです。大人が自分の闇を見つめ、正体を明らかにするだけで、不思議と若者が安定します。それをわが子に語ることができるなら、子供は〈この親なら、私の苦しみを分かってくれるかもしれない〉と心を開くようになるでしょう。
過去は変えられず、他人も変えることはできません。人間は、自ら内発的に変わっていく以外、本当の変容は起きないのです。大人がもう一度と自分の問題と向き合い、その姿を若者に示すことができれば、世の中がどんなに混迷を深めたとしても、若者たちは希望を捨てずに生き抜くことができるでしょうね。