立正佼成会 庭野日鑛会長 11月の法話から

人間形成の基は家庭での躾

11月15日は「七五三」のお祝いの日でもあります。「七五三」というと私たちは、三歳と五歳と七歳の子供のことだと思っていますが、私は以前に、「七五三」には学校教育の前に家庭教育をしっかりとするという意味が込められているのだと教えて頂きました。3歳、5歳、7歳という大事な時期に、親が人間として躾(しつ)け、教育していく。このことが大事だというのです。

人間の頭脳が一番、純真に、鋭敏に働くのは10歳前後から13、14歳ぐらいまでといわれます。そういう時期の子供たちは目がはっきりとしていて、非常に集中して物事を見、考えるという意味で、「穴の開くほど見る」といわれるくらいです。

そうした時に、人間としての人格形成の一番基(もと)になるものを、家庭の中で子供たちに身につけさせることが、学校に上がる前の親の義務といわれています。

昔、武士たちは、6歳頃から儒教の「論語」などの素読(そどく)をしていたといわれます。頭脳が最も純真に、鋭敏に働く以前の、6歳頃からそういうものを覚えさせるのです。覚える時は、意味は分からなくても、ただ論語の言葉を覚えます。それがどういう意味かは、後から習って覚えていけばいいことで、素読で良い言葉、大事な言葉を暗記するのは、そういう時期でなければできないというのです。現代の私たちはあまりそうしたことに気づきません。

私たちは、「七五三」の意味をしっかりと受け取って、幼い子供たちに家庭でしっかりと躾(しつけ)をすることが大切です。

躾とは、心と体と両方です。躾は漢字(中国でできた文字)ではなく、「身」と「美」(うつくしい)をくっつけて、日本でできた言葉(国字)です。例えば体も、座ったり立ったりする時に、腰をしっかりと伸ばす。心も、正直で、優しく、清らかである。そういうことを躾けるのが、美しくするという意味です。

人間を心も体も美しくするのが躾ですから、そうしたことを家庭でしっかりと身につけさせていくのが親の責任であると、「七五三」の中で教えられています。このことをしっかりと身に体して、子供たちを教育していくことが大切です。
(11月15日)

画・茨木 祥之

身につけたことを家庭や職場で

私たちは開祖さまから「即是道場(そくぜどうじょう)」の大切さを教えて頂いています。在家の信仰者にとっては、その人がいるところ、いつもそこが道場です。それが本来の仏教の教えであります。

大聖堂や教会は“道場”ですが、それは言ってみれば、相撲に例えると「稽古土俵」です。家庭とか職場とか学校とか、そういうところが「本場所」です。私たちが今いるところで、仏さまの教えを身心ともに、しっかりと自分のものにして人と付き合っていく。一生懸命、皆さんと共々に向上していく。これが、社会生活をする人間として大事なことです。

“道場”でしっかりとしたことが、家庭、学校、職場で発揮されるような精進の仕方が大切であると、いつも開祖さまはおっしゃっていました。その開祖さまの教えを日頃からしっかりと受け取って、精進させて頂きましょう。
(11月15日)

人生100年時代を見据えて

政治の世界では、大臣を「相(しょう)」と言います。大臣の役割は、10年先、20年先、あるいは100年先を見つめていろいろなことを計画し、国を良くしていくことだといわれています。

年寄りは、人生の経験をいっぱい積んでいます。いろいろなことがよく分かっており、こういうふうに育てなさいと、また、ある程度の年齢になった人にもアドバイスができます。それで人間が段々よくなっていくという働きがあるのです。

年寄りは年寄りで、とても大切な役割を担っています。みんな生きている限りは、いろいろなことで役立っていかなければなりません。それは一つの義務と申しましょうか、働きと申しましょうか、そういうものがあるわけです。

人生100年と言われているこの時代に、年寄りとしての役割を果たしていけることが、大事なこととして浮き上がってきます。お互いさまに、生きる限りは、人さまのために、世の中のためになれるような自分を常に築き上げていかなければならないと思うのです。

今日は開祖さまの生誕会であり、そしてまた法燈継承30年という節目でございました。皆さまと共に、これからもますます元気で精進させて頂きたいと思っています。
(11月15日)