バチカンから見た世界(171) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

-国家イデオロギーとなった米国とロシアのキリスト教/教皇の説くキリスト教(4)-
「米国を救い、偉大にしていくために、神によって狙撃事件(昨年7月13日)から救われた」と、米国のトランプ大統領は信じている。キリスト教の神からの命令を受けて、米国の政権を担当しているとの発言だ。トランプ政権を支えるキリスト教徒である「福音主義者」(エヴァンジェリカル)たちは、トランプ大統領の選出をも含めて、「全てが神の見計らいによって起こる」と信じている。だが、彼を大統領として選んだ米国民は、彼と、彼を支えるキリスト教徒たちのそうした発言をどのように受け取っているのだろうか。
米国の権威ある調査機関「ピュー研究所」は9月10日、トランプ大統領の同発言に対する米国民の意識調査(今年5月に実施)の結果を報告した。「神が彼の政策を承認されたが故(ゆえ)に彼を選ばれた」と回答した人が4%、「トランプ大統領の選出は神の見計らいだったが、彼の政策を必ずしも承認していたわけではなかった」と答えた人が32%、「神は大統領選挙に介入しなかった」との確信を表明した人が49%、そして「神を信じない」人が14%だった。神の政治介入を認めない人と神を信じない人が、全体の62%を占めている。バイデン前大統領に関する上記質問への米国民の反応も、ほぼ同じだった。ただ一つ違う点は、バイデン前大統領の場合は2番目の質問項目の数値が34%で、トランプ大統領を2%上回っている。
トランプ大統領は9月5日、国防総省を「戦争省」に改名する大統領令に署名した。軍事力を威信の基盤として使う、同大統領による好戦的な政策の誇示としても受け取れる決断だった。世界の諸宗教者が辞典から「戦争」という項目を無くそうと努力しているのとは反対方向へと走る動きだった。米国ではもともと戦争省という名称が用いられていたが、第二次世界大戦の廃墟から立ち上がろうとする人類に配慮し、国防総省へと改名された経緯があったにもかかわらず、である。それどころか、戦争省のX(旧ツイッター)アカウントでは、兵士たちが「恐れたり、躊躇(ちゅうちょ)したりしてはならない。あなたの主なる神が、どこへ行こうとも、あなたと共にある」などと発言するビデオが頻繁に投稿されているという。
米国の宗教国際通信社である「レリジョン・ニュース・サービス」は9月9日、「戦争省と改名された国防総省が、他の連邦諸機関と同じように、キリスト教愛国主義的な音調を公式声明の中に取り入れた」とコメントした。キングスリー・ウィルソン国防総省報道官は、こうしたキリスト教愛国主義的な声明が、「左翼(民主党)による、われわれの偉大なる国家からのキリスト教伝統の削除に向けた努力に対し、ピート・ヘグセス国防長官の主張する、国家が持つキリスト教ルーツの称賛を示している」と指摘する。ウィルソン氏によれば、ヘグセス長官は数百万人の米国市民と同じように、「キリスト教がわれわれの国家を構成する繊維の中に深く織り込まれている」と信じ、「戦争状況に直面し、兵士たちのために祈ったジョージ・ワシントン大統領や、第2次大戦中に兵士たちに聖書を配り、読むように奨励したフランクリン・ルーズベルト大統領の例を挙げながら、注意を促している」のだ。ヘグセス長官は、保守派のキリスト教徒であり、彼らの信仰が新しい戦争省の中に響き渡っている。
トランプ大統領は9月8日、聖書博物館で開かれた「信教の自由委員会」(今年5月、ホワイトハウスに設置)で演説した。その中で、トランプ政権は「反キリスト教的な風潮と闘う」と宣言。「恐るべきほどの反キリスト教の風潮がある。あなたたちは、反ユダヤ主義については知っているが、反キリスト教の風潮については知らされていない」と主張し、「彼ら(左翼、民主党)は、強い反キリスト教の風潮を持っているが、われわれは早急に終止符を打たせる。(バイデン政権だった)昨年とは状況が違う」と攻撃的な姿勢を見せている。
だが、トランプ大統領の非難する反キリスト教の風潮とは、政敵である民主党を支持するキリスト教徒、つまり、自身の施行する政策に反対し、同性愛や不法移民を擁護するキリスト教徒の存在を示唆しているようだ。トランプ大統領は、キリスト教徒の迫害を非難しているのではなく、自身の政敵であるキリスト教徒を非難しているのだ。
『キリスト教愛国主義者たちによる聖書』(10月7日発刊)の著者であるブライアン・ケイラー牧師(バプテスト教会)は、戦争省が使っている聖書の数節は、帝国主義的な軍隊(米軍)によって使われるものではなく、それとは反対に、疎外され、攻撃を受けている人々の神に対する呼びかけだと指摘する。「非常に危険な軍事力と霊性の合体だ」とも非難している。
トランプ政権は現在、15の連邦レベルでのキリスト教教会、ユダヤ教共同体、18の州レベルでの教会を含む55の諸宗教団体から、特に不法移民の大量強制送還問題に関し、連邦、州の裁判所で起訴されている。