バチカンから見た世界(153) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
この精神危機を乗り越えたベルゴリオ神父は、ブエノスアイレス補佐司教、同大司教、2001年には枢機卿に任命された。13年、教皇ベネディクト十六世の生前退位という、カトリック教会でも稀(まれ)な出来事に対応するためローマに招集された。全世界から参集した枢機卿たちを前に、前教皇が「あなたたちの中から選出されるであろう新教皇に対し、無条件の尊敬と従順を誓う」ことを示した姿を鮮明に記憶していると記した。
しかし、この生前退位が、後にカトリック教会内部で「イデオロギーや政治的な理由(保守反動)のために利用された」「教会分裂の可能性を軽視して展開されていった」と厳しい言葉で糾弾し、自身の「苦痛を表明」している。「(前教皇の)生前退位を受け入れない人々が、自身の利益、領域を守るために動いた」からだ。
こうした危険性を予測した新教皇フランシスコは、選出直後に、ローマ郊外にあるカステルガンドルフォの離宮に隠遁(いんとん)していた名誉教皇ベネディクト十六世を訪ねる。その目的は、「名誉教皇が人々と出会い、教会の活動に参画する方が良いということを、共に決断するため」だった。しかし、新教皇と名誉教皇間の「合意は、あまり役に立たなかった」と振り返る。「この10年、論争(両教皇間の不和説)がやまず、両方を害した」からだ。