バチカンから見た世界(149) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(7)―ガザ戦争に割れるユダヤ教徒たち―

イスラエルのネタニヤフ首相は、ヘブライ語聖書(旧約聖書の原典)の一節を引用しながら、イスラエル軍によるパレスチナ領ガザ地区でのイスラーム過激派組織ハマスの掃討作戦を正当化した。この中で、「アマレク人があなた(イスラエルの民)に対して何をしたかを思い起こせと、私たちの聖書が呼びかけている」「私たち(イスラエル国民)は、(アマレク人の所業を)記憶している」と訴えている。

旧約聖書に登場するアマレク人は、同じイスラエルの民から派生しながらも、エジプトで奴隷となっていたイスラエルの民がシナイ半島を経由し、神との約束の地に向けて脱出する際、定期的に彼らを攻撃した半遊牧民族だ。イスラエルの民にとって、アマレク民族は「悪の象徴」そのものであった。

ヘブライ語聖書の「サムエル記(1)」には、神のヤーウェがモーゼに対して、「アマレク人のところに行き、攻撃し、全ての所有物を完全に破壊せよ。彼らの命を救わず、男女、子どもと幼児、牛と羊、ラクダとロバの双方を殺すように」と命じた記述がある。「アマレク人があなたに対して為(な)したことを記憶せよ」という一節は、エルサレムを含めた世界各地にある第二次世界大戦中のユダヤ人大量虐殺を記念する「ホロコースト記念館」に刻まれている。ネタニヤフ首相にとって、ハマスはアマレク人と重なって見えるのだろう。

イスラエル史上で最極右と評される政権担当者の中には、アマレク人はハマスの戦闘員であって、パレスチナ人全体ではないと主張する人もいるが、現在の状況を見る限り、「全ての所有物」(家屋、インフラ、病院、学校など)を完全に破壊されているのはパレスチナ人だと言える。パレスチナで犠牲となった一般市民2万5000人のうち70%が「女性と子ども」(国連筋)だ。数千年前、ヘブライ語聖書に記述されたアマレク人の虐殺と、彼らの全所有物の破壊が、今はパレスチナ民族を対象にガザ地区で繰り返されている。

米国の「レリジョン・ニュース・サービス(religionnews.com)」は1月25日、ネタニヤフ政権によるガザ地区侵攻の正当化に対する諸宗教者の見解を報じた。この中で、ヨルダンのバプテスト連盟元会長で、著名な神学者であるスヘイル・マダナト師の「今日のイスラエルは、旧約聖書に登場する神権国家ではなく、今日のパレスチナ人もアマレク人ではない。ネタニヤフ首相の発言は、意図的に事実を混乱させるものであり、聖なる神の言葉の怪奇な歪曲(わいきょく)解釈である」という発言を引用。同首相のコメントが「聖地に住む人々と聖典の歪曲した現代的解釈という、中東の独特な状況をありのままに描写している」と伝えた。

ベツレヘム(キリストの生誕地)にある「ルーテル派クリスマス教会」のミュンザー・アイザーク牧師も、「宗教の聖典は、平和と正義を促進するために使われるべきで、民族大量虐殺のためではない。(国際テロ組織の)イスラーム国のような行動は、恐ろしいことだ」とコメントした。