バチカンから見た世界(144) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
ユダヤ教文化の復興と、イスラエルでの故国再建運動である「シオン主義」は、イスラエルの建国(1948年)にあたり、ユダヤ教と民主主義の融合を信じ、新国家内での“他者”(アラブ人やパレスチナ人)の存在を認め、「2民族2国家」の共存を否定しなかった。一方、「ユダヤ人国家法」は、総人口の2割を占めるアラブ人やパレスチナ人の存在を無視し、2国家原則を否定する政策を助長していったのだ。
「Viandanti」誌は、法改正の具体的な政治的効果として、イスラエル政府が国際法を無視して強力に推進するパレスチナ領ヨルダン川西岸地区への入植を挙げる。300万人が住むパレスチナ人居住区に、70万人のイスラエル人が279の拠点を作り入植しているのだ。
もし、ヨルダン川西岸地区でイスラエル人だけに参政権が認められれば、同地区がイスラエルによる“占領”地区から、イスラエル領に併合されることは間違いない。そうなれば、パレスチナ人が彼らの未来の国家の首都として主張しているにもかかわらず、イスラエルの地方自治体が強力にユダヤ化を推進し、国際法違反とされている東エルサレムのイスラエルによる併合問題にも関連してくる。
「ユダヤ人国家法」は、国際共同体の主流が認める「2国家原則」に終止符を打ち、パレスチナ問題や聖都エルサレムの地位に関するさまざまな国連決議案を否定するために利用される危険性を持つ。
「Viandanti」誌は、イスラエル議会が「ユダヤ人国家法」を採択した大きな要因として、「中東の人口問題」を挙げる。「近い将来、アラブ・パレスチナ人の高い出生率によって、ユダヤ人が少数派となることが予想される」からだ。イスラエルの極右政権にとって、ものごとが数字によって決まる民主主義は、「許容できない贅沢」(同誌)なのだ。