バチカンから見た世界(17) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

前例のない悲劇の解毒剤は宗教――タイエブ総長

4月28日にエジプト・カイロに到着したローマ教皇フランシスコは、大統領府でシーシ大統領と懇談後、今回の訪問で最も重視していたイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」で行われている「平和のための国際会議」の会場に向かった。

会場では、アラブ圏のイスラームとキリスト教指導者を中心に、世界から集った約300人の諸宗教者らが待ち受けていた。壇上の席に着いた教皇とアズハルのアハメド・タイエブ総長は、緊張の面持ちだった。

教皇と硬い表情であいさつを交わし、基調講演に立ったタイエブ総長は、世界の現状に言及。「憎むべき武器の取り引きのために緊張を招き、宗教の誤った扇動、人種と宗派間の紛争、国民同士での差別といった行為により、人間の生活を哀れな地獄にしている」との見解を示し、「人類史において前例のない悲劇」に陥っていると話した。

さらに、「楽園から国際平和が失われ、人権の時代に前例のない残虐さが現れる悪病になぜ感染したのか」と問いかけ、その原因として、「現代文明が天から与えられた諸宗教と、それらが示す倫理を忘れたこと」を指摘し、特に「人間の友愛と相互理解、慈しみ」の欠如を挙げた。問題を解決するには、宗教に対する意識を回復させ、人間の心を唯物的な思想から解放して、現代文明の歪(ひず)みを批判的に再検証していくことが必要と指摘。「宗教者や哲学者は、あらゆることに先んじて友愛と相互の慈しみの重要性を示し、それに基づいて物事を再構成していく以外に道はない」と語った。

その上で、現代の“病”に対する解毒剤は「宗教という薬局のみにある」と主張。ただし、「偽りの宗教性」が紛争や暴力を生んでいるのも事実で、そのために宗教には今、「虚偽の概念、悪行」といった負のイメージが付きまとっており、宗教者が自ら改善していくことが重要だと訴えた。

また、タイエブ総長は、一部の者が犯罪を起こしたからといって、その責任を宗教そのものに転嫁することがないようにと呼び掛けた。この中で、「一部のグループがイスラームの聖典を誤った解釈をしたからといって、イスラームをテロの宗教と断定してはならない」と強調。加えて、「十字架を旗印とする一部のグループが、男女、子供、戦闘員、捕虜の区別なく殺害に及んでいるが、だからといって、キリスト教全体がテロの宗教ではない。数百万人の無防備なパレスチナ人の土地が占領されているが、だからといってユダヤ教全体がテロの宗教でない」とも語った。同様に、「二つの世界大戦を勃発させた欧州文明がテロの文明ではない」とし、「広島と長崎の地で、あらゆるものを破壊した原爆を投下した米国文明に関しても、同じことが言える」と述べた。

タイエブ総長は、教皇に対しても言及し、「暴力とテロの原因のように非難されるイスラームを擁護し、真理を求める、あなたの公正な発言を高く評価している」と心情を吐露。「私たち、諸宗教指導者が対処していかなければならない共通の課題が多い」とし、「アズハルは、共生の実現、対話の活性化、あらゆる人々の信仰の尊重に尽くすとともに、協力を図りながら信仰者の擁護に努めていく」と決意を表明した。基調講演を終えたタイエブ総長は、教皇に歩み寄り、固く抱擁を交わした。世界の諸宗教者が見守る中、アズハルとバチカンとの間で「宗教を歪曲(わいきょく)し、宗教の名を借りた暴力」に共闘していく誓いが成立した瞬間だった。