バチカンから見た世界(111) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
東京オリンピックの遺産
東京オリンピックが8月8日、閉幕した。「朝日新聞」は8月9日付の社説で、「新型コロナが世界で猛威をふるい、人々の生命が危機に瀕(ひん)するなかで強行され、観客の声援も、選手・関係者と市民との交流も封じられるという、過去に例を見ない大会」と報じた。さらに、「この『平和の祭典』が社会に突きつけたものは何か。明らかになった多くのごまかしや飾りをはぎ取った後に何が残り、そこにどんな意義と未来を見いだすことができるのか」と問いかけ、莫大(ばくだい)な開催費用や営利主義の運営などの課題を今後解決することによって「東京大会の真のレガシー(遺産)」とするよう訴えた。
オリンピック史上、類がない困難な状況下で実施された第32回オリンピック。そのレガシーは、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長による開会式のスピーチで示されていた。だが、スピーチの“長さ”のみに注意を払う日本のマスコミに、IOCが東京オリンピックをどのように捉えようとしたかというメッセージは伝わらなかったようだ。
同会長はスピーチの中で、東京オリンピックを、長期のパンデミックという「暗黒のトンネル」の先に見える「一条の光明」と表現した。さらに、「私たちが東京、日本から世界へ向けて発信しようとしているのは、オリンピックの精神である『より高く、より速く、より強く、そして“皆と共に”』というメッセージ」と表明。「スポーツにおいても、日常生活での多くの挑戦においても、私たちが共にあるならば、より強くなれるということです。この歴史的な『平和』『連帯』『全人類の一致』という祭典に参加してくださり、御礼を申し上げます」と語りかけた。
オリンピックの開会に先立ち、IOCは東京で第138回総会を開催した。この中で、「近代オリンピックの父」と言われるピエール・ド・クーベルタン男爵が提案した「より速く、より高く、より強く」というモットーに、「皆で一緒に(Communiter)」を付記することを決定した。
古代ギリシャ時代のオリンピック精神や、国連が提案したコロナ禍での「停戦アピール」にもかかわらず、今も各地で紛争が続いている。加えて、世界にはパンデミックのほか、拡大する経済的格差、急速に進む気候変動、難民・移民の増加、貧困、人身取引といった課題が山積する。国際社会、国、共同体が対処すべき喫緊の諸問題を前に、IOCも国際スポーツ組織として人類の結束を呼びかけると宣言を行ったのだ。これは、東京オリンピックの最大のレガシーであり、課題の解決を図りながらも、この実現を図っていくことに大きな意義があるといえるだろう。