バチカンから見た世界(110) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

オリンピックの選手村は教皇の夢――イタリア選手団随行神父

新型コロナウイルスの感染拡大(第5波)への恐れ、日本国民の多数が開催を反対し、人類が歴史の中で共有してきた価値観を揶揄(やゆ)した開会式のショーディレクターを開幕直前に解任するといった、逆風と混乱の中で始まった東京オリンピック――。

近年、オリンピックは、「何のために存在するのか」といった理念への意識が薄れ、政治、経済、イデオロギー的な論争に終始し、東京でも同じ状況が見られる。ショーディレクターの解任を招いた発言の問題が人類史への認識を促すように、近代オリンピックを生んだ世界史と、その創設精神の再評価なくして、逆風の中で開催されているオリンピックの意義を見いだすことはできないだろう。

そうした視点の記事が7月23日、イタリアのANSA通信に掲載された。『オリンピック選手村は、ローマ教皇フランシスコの夢』と題する、イタリア選手団公式随行司祭(カトリック)であるジョナタン・デマルコ神父のリポートだ。

記事の冒頭、デマルコ神父は、東京の選手村の道に参加国の国旗が掲げられていることに触れ、「(イタリアの)三色旗は私にとってかけがえのない国旗だが、オリンピック選手村の道路では、さまざまな国の国旗と一緒にひるがえっていた」と記す。「ひるがえっていた各国の国旗の情景は、食堂から見るとさらに明確になり、世界のあらゆる色彩が集まった浴槽の中へ投げ入れられたように感じる」と続け、「各国の選手たちは、(多様な色の)自国のユニフォームに包まれて、それぞれが対立することなく調和し、私たちが信じている友愛を目に見える形で実現している」との印象をつづっている。