バチカンから見た世界(96) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

アヤソフィアをモスクに変更する「最も危険な点」について、カトリック教会を含めた中東のキリスト教諸教会の合議体である中東教会協議会(MECC)は、教皇フランシスコとイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」のアハメド・タイエブ総長が「人類の友愛に関する文書」に署名したことが象徴するように、「キリスト教徒とイスラーム教徒の平和共存と相互の連帯を促進しようとの歴史的な動きが起こり始めた時になされた決断である」ことを指摘。モスクへの変更は、「ここ30年間にわたって展開されてきたイスラームとキリスト教間の対話に多大な打撃を与えものであり、宗教的過激主義や狂信主義への対処にはなり得ない」と表明している。

イラクのカルデア派カトリック教会の最高指導者であるルイス・ラファエル・サコ枢機卿(バグダッド大司教)は、「イスタンブールには多数のモスクがあるのに、なぜハギアソフィアをモスクにしなければならないのか」と問い掛け、全能の神が「過激主義と宗教の政治利用から人類を守護してくださいますように」と祈りを捧げた。

アヤソフィアは、その由来からギリシャ語で「ハギアソフィア」(神の叡智=えいち)と呼ばれるが、世界各地の正教会も加盟する世界教会協議会(WCC)のイオアン・サウカ暫定総幹事は7月11日、エルドアン大統領に宛て、「悲嘆と驚愕(きょうがく)を表明」する公開書簡を送付した。「ハギアソフィアは1934年(トルコ政府が博物館とした年)以来、全ての国とさまざまな宗教の人々に対して門戸を開放し、出会いとインスピレーションの場としての役割を果たしてきた」にもかかわらず、平和に逆行する政策を実施したからだ。また、WCCの執行委員会は同24日、「キリスト教、さらに諸宗教対話にとって、この悲しき日に世界の数百万人のキリスト教徒たちと共に祈り、悲しみを表明する」と示した声明文を公表。ハギアソフィアの存在に特別な意義を見いだしている全てのキリスト教徒と正教会家族、そして現トルコ政府の政策は全ての人の考えを代表するものではないと感じているトルコの人々に対して連帯を表明した。

トルコ国内には、少数派だが「ケマル主義者」と呼ばれる、イスラーム神学者や思想家のグループが存在する。「ケマル」とは、ケマル・アタチュルク初代大統領の名から取ったもので、1923年にトルコ共和国が成立し、共和制と政教分離の原則を導入して社会改革と近代化を推進した路線を継承する識者グループだ。彼らは、「アヤソフィアは政治の道具として利用されてはならず、一宗教の礼拝の場とすることは、回復できないほどの大きな過ちである」と現政権の政策を非難する。「アヤソフィアが有する普遍的価値を無視し、モスクに変更することは、究極的な平和を説くイスラームの和解と正義のメッセージを破壊するものだ」とも指摘した。その理由として、この歴史的建造物はキリスト教の正教に属する宗教者によって建立されたものであり、現代において大統領令や既成事実化によって意図的にイスラームの施設にしていくことは、「イスラーム教徒以外の人々を攻撃することとなり、イスラーム恐怖症やイスラームに対する憎悪を醸成させていく状況」を招き、分断を生む危険性が高いからと説明している。