バチカンから見た世界(80) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

紛争解決できない国際外交に人類の友愛を――バチカンとWCC

聖地(イスラエル、パレスチナ、ヨルダン)のカトリック司教たちはこのほど、「キリスト教諸教会と霊的指導者(諸宗教指導者)たちが平和への新しい道を示すように」と訴える声明文を発表した。

この中で司教たちは、「最近のパレスチナ、イスラエル間の紛争において、人命が失われ、永続性のある解決策への希望が消失し続け、聖地の人々を他の闘争や絶望から守るために国際法を適用すべき国際社会も敗北しており、さらなる過激主義と差別のみが顕著になってきたように見える」との失望感を表明。「かつては、民主主義と平和促進の監視者であった者が、今は、紛争に介入する権力とその分派の折衝者になってしまった」と嘆いている。「“2民族2国家”の解決策が何の役にも立たずに空回り」しているとし、「政治的解決を図る、あらゆる話し合いが、何の意味も持たない美辞麗句」になってしまっていると言うのだ。

聖地のカトリック司教たちの、この激しい言葉が並ぶアピールは、名前こそ出さないものの、さまざまな国際法を無視し、一方的に聖都エルサレムをイスラエルの首都と認定して大使館を移転させた米国トランプ政権の中東政策に対する、明らかな非難でもある。さらに、トランプ政権がイスラーム・スンニ派のサウジアラビアを中東における同盟国として選ぶ一方、シーア派のイランを「悪の枢軸」と見なし対決色を強めることによって、この地域における分断と不安定を助長させている現状がある。同政権は、イランとの核合意からの離脱を表明すると同時に、「サウジへの原子力技術移転を承認」することによって、「核武装も辞さない姿勢を示すサウジの原子力開発」(6月5日付「共同通信」電子版)を支持している。中東和平プロセスが完全に停止し、同地域における多国間交渉も姿を消してしまった。

こうした状況の中で、カトリック司教たちは、「国際外交と和平プロセスが、正義と善意を基盤とする解決策を模索したことがあるのか」と問い、「キリスト教諸教会と(諸宗教の)霊的指導者たちは、他の道を探るため、イスラエル人とパレスチナ人を含む、全ての人々が同じ人類の兄弟姉妹である、という事実を強調していかなければならない」と訴える。「この地(中東)において、同じ人間として互いに愛し合い、相互尊重と平等性のうちに、同等の権利と義務を有しながら共存」することが、「戦争や憎悪、死といったことの出口」となり、「生存し繁栄していく唯一の道」であるからだ。

聖地のカトリック司教たちが主張するのは、「友愛」をそのまま政治交渉に持ち込むことではない。聖地に住む、あらゆる人々が完全に平等であるという、正義にかなう恒常的な和平の基本的条件となる「ビジョン」を政治家たちに提示していると言える。また、友愛というビジョンを、中東和平に向けた政治交渉に注入していかない限り、和平プロセスを再稼動させることはできないとの考えだ。だからこそ、「キリスト教徒たちが、ユダヤ教徒、イスラーム教徒、ドゥルーズ派(イスラーム分派)の信徒や、平等と共通善を基盤とした社会をビジョンとして共有する全ての人々と声を一つにして、訴えていかなければならない」と表明しているのだ。