食から見た現代(20) 人と人とのつながり  文・石井光太(作家)

月2回行われる食料支援活動。袋の中には、魚の缶詰、野菜、カロリーメイト、ヨーグルトなどが入っている

マルドニア氏のように1980年代に20代で来日した女性は60~70代になっている。1990年代に来日した女性でも50~60代だ。彼女たちはエンターテイナーとして来日し、日本人と結婚して永住権を手に入れることを目指していた。

他方、2000年代に興行ビザの発行が大幅に制限されたことで、来日するフィリピン人の多くが技能実習生となった。彼らは定住の意志がなく、数年働いて貯金して、母国へと帰っていく。そのため若い世代より、マルドニア氏のように数十年にわたって日本で暮らしている女性たちが支援の主な対象となっているのだ。

マルドニア氏はつづける。

「高齢者が抱えるのは、年上の夫の介護、健康問題、年金など日本人と同じです。中でも私が深刻だと感じているのが『孤立』です。私たちの世代は日本語を話せても読み書きはほとんどできませんし、限られた人間関係や限られた仕事しかしてきませんでした。日本で生まれ育った子どもたちとは、文化の違いから疎遠になって関係が切れてしまっている人もいます。そのため、なかなか欲しい情報が入ってこなかったり、社会との接点がなくなったりしているのです」

日本人の高齢者ですら、年金や健康保険のシステムを理解できていなかったり、社会福祉の存在を知らなかったりする。その点において、読み書きの不自由なフィリピン人女性たちがより大きなハンディを背負うのは必然だろう。人間関係に関しても、教会を拠点にしたフィリピン人コミュニティーに昔から属していればともかく、そうでなければ交友関係は無きに等しいものにならざるをえない。

現在、カラカサンが注力しているのは高齢者の孤立を防ぐ活動だそうだ。マルドニア氏は話す。

「カラカサンでは、教会をはじめとして様々なところにニュースレターを置いて、頻繁にイベントを開いています。コンピューター、年金、保険、特殊詐欺対策などについてのセミナー、キャンプ、いちご狩り、クリスマスなどの行事、協力してくれる農家への見学ツアーなどの開催です。これによって外国人でもちゃんとした情報を手に入れ、他の人たちと定期的につながっていけるようにしているのです」

中でも力を入れているものの一つが、他団体との交流活動だ。日本には日本人だけでなく、他の在日外国人が作っている団体があまたある。そういうところと積極的につながり、共同でイベントを行うなどしているのだ。一つの団体だけでは何をやるにしても限界があるし、先細りになっていく。そのため高齢者支援がメインになりつつある今、地域を超えた他団体との連携に力を入れているという。

マルドニア氏は話す。

「私が来日した40年前に比べれば、日本は本当に外国人にやさしい国になったと思います。差別を受けることはほとんどなくなりましたし、行政もちゃんと外国人の困りごとに寄り添ってくれます。支援団体もたくさんできた。昔はフィリピン人っていうだけで嫌な顔をされたけど、今はみんな普通に接してくれるし、困ったことがあれば心配してくれる。これは私がずっと願っていたことです。

カラカサンに来る人の多くは、人生の終わりまで日本に暮らそうとしている人たちです。だから私にできることは可能な限りやって、みんながこの国に来てよかったと思えるようにしたい。そのために必要なのが人と人とがつながっていくことだと思うのです」

現在、フィリピン人高齢者が抱えている問題は、遠くない将来に、同じように出稼ぎにやってきて定住をしている日系人、ベトナム人、ネパール人などが直面するものだと言えるだろう。そういう意味では、カラカサンの活動は、数十年後の在日外国人の大きな問題だとも言えるのである。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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