【曹洞宗永壽山正山寺 前田宥全住職】28年にわたる対話活動 自身の価値観を横に置いて 心の苦を受けとめ寄り添う

 「あなたのお話 お聴きします」――。そう書かれた貼り紙を門前に掲げるのは、東京都港区にある曹洞宗永壽山正山寺の前田宥全住職だ。精神対話士の資格を持ち、平成9年のスタート以来、2064人と1万136回にわたる対話活動を続けている。「救うのは私ではなく、相談されている方自身。対話を通して、その人の持つ生きる力、一歩を踏み出す力が少しでも引き出されることを願っています」。そう語る前田師に、対話の持つ力や、話を聴く際の心がけなどを伺った。

「苦しい」という言葉の裏に

――対話活動を始めたきっかけとは

信者寺である真言宗の寺院で住職をしていた父は、毎日のように、参拝に来た方の話を真摯(しんし)に聴き続けていました。子どもの頃からその姿を見ていたため、僧侶が人々に寄り添うのが寺院本来のあり方と考えるようになりました。

また、私自身が対話活動を始めた平成9年当時、自死、不登校やひきこもり、うつ病などの精神疾患といった社会苦がすでに取り沙汰されていました。微力ながらも、社会のために何かできることはないかと考えたのが取り組みのきっかけです。当初、相談者はなかなか現れませんでしたが、参拝者に積極的に声をかけたり、ポスターを掲示したりするうち、「話を聴いてほしい」という方が徐々に増えていきました。現在は、一日3人、月70件ほどの相談を受けています。

――対話活動を通して気づいたことはありますか

多くの人から悩みを聴かせて頂くと、誰一人として同じ苦しみを抱えていないと感じます。親子関係、病、いじめなど悩みの要因は多々ありますが、成育歴、家庭環境、受けとめ方などが全て違います。「苦しい」という言葉を発したとしても、その内実はそれぞれです。加えて、近年は社会変化のスピードがとても速く、価値観も多様化しており、苦の現れ方もさまざまで非常に難しい社会といえます。

そのため、私は相談者の話を聴く時、自身の価値観を横に置いて、私の存在そのものを差し出すようなイメージで対峙(たいじ)します。その上で、積極的な関心を持って話を聴き、相談者がつらい胸中を打ち明けた時は、自己解釈しないように心がけています。発せられた言葉が、「死んでしまいたいほどの苦しみ」なのか、「日常的に感じる苦しみ」なのかを自己判断してしまうと、大事なメッセージを見逃しかねないからです。

こんな経験があります。幼少期に虐待を受けた40代くらいの女性は、自身の家庭環境が他と違うと気づいたきっかけはテレビアニメの「サザエさん」だと話してくれました。家族がふざけ合い、笑い合う姿が自分の家庭ではありえないため、「あんな家ないよね」と友人に話したところ、とても驚かれたそうです。

さらに、その女性は私が衝撃を受けるような体験を、笑いながら語りました。これは精神医学的な対応が必要なケースで、子ども時代の苦しみがトラウマとなり、他人事のように受けとめないと生きていけないのだと思います。こうした場合、虐待経験のない私が、相手の苦しみを「分かる」などと決して言えません。対話を重ね、信頼関係を少しずつ深めて、相談者自身が過去と向き合い、「今、何を感じ、何を思うのか」を語ってもらうことが大切なのです。
 過去と向き合い、思いを正直に話すことで、女性は涙を流して、「その時とても苦しかった」「お母さんに助けてもらいたかった」と、自らの「本当の気持ち」に気づかれました。これは感情浄化といって、カウンセリングでもとても重要な変化です。

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