バチカンから見た世界(130) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

「人類の友愛に関する文書」を指標に戦争の荒海を航海しよう――教皇

バーレーン王室が11月3、4の両日に同国で開催した「対話のためのバーレーン・フォーラム――東洋と西洋の人類共存のために」でスピーチしたイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」(エジプト・カイロ)のアハメド・タイエブ総長は、同フォーラムが「21世紀に生きる人類の男女が、『苦い果実』をかみしめている時に開催された」とコメントした。同総長の指摘する“苦い果実”とは、「戦争、流血、破壊、貧困、孤児、夫を亡くした女性、移民、避難、未知の未来と、想像もできない暗黒に対する恐怖」などだ。これらは、「市場経済、富の独占、貪欲、消費主義、第三世界諸国に向けた殺戮(さつりく)に使われる重兵器の輸出に加え、宗教や宗派、民族の違いによる紛争の拡大、暴動や紛争の扇動、安定した国家の不安定化」などの犠牲者なのだという。

さらに、タイエブ総長は、こうした悲劇や災難を生み出す政策が、「文明の衝突」、グローバリゼーション、植民地主義の論理によって支えられていることを憂いてもいる。こうした複合的な要素で成り立つさまざまな政治施策が西洋社会によって吸収され、開発途上国との関係を統治する方法として使われているのだ。

こうした現状にもかかわらず、タイエブ総長は、「東西が遅かれ早かれ、正しい関係を修復する時が来るだろう」と予測する。東西間の距離が縮まり、国境の境界線が薄くなり、前世紀のように東西諸国が相互に孤立しなくなる時が来るのだという。バーレーンでのフォーラムで使われた「東西」という言葉には、複合的で地政学的な意味が含まれている。西のキリスト教世界と東のイスラーム世界、西の欧米諸国と東のロシア、先進国の欧米と開発途上国や貧困国(南北関係)などだ。

同フォーラムを主催したバーレーンのハリーファ国王は、「フォーラムの成果を、人類友愛に向けた道程の強化として受け取り、希望を持って評価していこう」とスピーチした。そのために、「諸宗教信徒間での出会いと理解を再促進していく」ことの大切さを伝え、「分裂ではなく一致」を願い、「この例外的な世界状況の中で、ロシアとウクライナの間に停戦を成立させ、全人類のために、真剣な交渉を開始しよう」と訴えた。

閉会式で登壇したローマ教皇フランシスコも、「東西が、相対立する二つの海のような様相を呈している」との見方を示し、「私たちは、同じ海を共に航海するため、ここに参集した」との確信を表明。「東西間での豊かな出会いを希求する」「『人類の友愛に関する文書』を指標に紛争の荒海を航海しよう」と呼びかけた。

さらに、今も続く紛争について、「人類(に与えられた)という庭園において、それを共に世話していくのではなく、人類に共通の家(地球)を灰と憎悪で埋め、慟哭(どうこく)と死をまき散らしながらミサイルや爆弾を使って火遊びをしている」と糾弾した。そして、「人類の友愛に関する文書」と、2002年に改訂され、その前文で「叡智(えいち)こそがムスリムの目標であり(中略)この目標を達成するために、我々は東洋と西洋における人類の遺産のすべてに耳を傾け、目を向けよう」と謳(うた)う「バーレーン王国憲法」を引用。参集した各国の諸宗教指導者たちに対し、三つの提案をした。

一つ目は、「現代世界が苦しむ不均衡」の主要な原因を、「物事、物的、組織的な現実の中にあるのではなく、自己、自身のグループ、自身の卑劣な利益といった世界の中に閉じこもる人間性にある」と分析し、「利己主義、閉鎖的、自己指標主義、虚偽、不正義から自らの心を浄化するため、視線を最崇高者(神)に向けて上げる(祈り)ことを基本条件にする」ことだ。宗教者、平和な心を持つ人は、この地上を他の人々と共に歩み、天に向けて視線を上げようと呼びかけた。

第二の提言は、「教育」だ。教皇は、バーレーン王国の新憲法が「無明(無知)は平和の敵」と定めているが、「教育機会が欠如している所では、過激主義が増強され、原理主義が根を張る」と指摘。「教育は、発展の友人」であり、全ての人々に与えられる「同等の権利と義務」として保証され、「尊敬と法の尊重を通して共に生きる」ための「市民権」という概念の尊重を訴えた。そして、「少数派」という定義によって一部の市民を差別しないよう呼びかけた。アラブ・イスラーム世界の発展にとって、市民権という概念が重要な社会理論となるからだ。

そして、教皇による第三の提案は、「アクション」だった。神に対する冒とくである戦争や暴力に対して“NO”と発言したり、平和を説いて停戦を主張したりするだけでは不十分だと主張。報道などを通して、テロ組織に対する資金や武器の提供、思想や行動の正当化といった支援を停止させ、世界の安全保障と平和を脅威に陥れる国際犯罪と見なしていく必要性を強調した。

さらに、宗教者、平和の人は、軍備競争や武器の通商といった「死のマーケット」に反対し、「誰かに対抗するための同盟を拒否し、全ての人と出会い、相対主義や諸教混交に陥ることなく、友愛、対話、平和という唯一の道を歩み続けていこう」と訴えた。