バチカンから見た世界(14) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
礼拝中の宗教者を攻撃する者は、宗教者にあらず
イタリア北部トリノにある「新宗教研究所(CESNUR)」の統計によると、昨年、自身の信仰を守ったために殺害された世界のキリスト教徒の総数は9万人に上った。また、5~6億人のキリスト教徒が、信教の自由が十分に保障されない状況下で生活しているとのことだ。特に、中東やアフリカで「イスラーム」を名乗る過激派組織が台頭し、キリスト教徒を迫害するようになってから、世界のキリスト教界では「殉教のキリスト教一致」といった表現が聞かれるようになった。キリスト教の諸教会が、「殉教者」によって一致しているというのだ。
4月9日、エジプト北部タンタとアレクサンドリアにあるコプト正教会の教会で発生した爆弾テロ事件の犠牲者の棺(ひつぎ)には、「殉教者」と記された帯が掛けられた。アレクサンドリアでの礼拝に参加していた、同教会の最高指導者であるアレクサンドリア教皇タワドロス二世は、ムスリム(イスラーム教徒)を含む47人が虐殺された二つの爆弾テロ事件について発言。「平和の内に礼拝堂で祈る人々に対して卑劣な攻撃を試みる、そのこと自体からも、テロは宗教と無関係であることを明示している」と非難した。さらに、こうしたテロが「エジプト国民の一致と結束を壊すことはない」と語った。
カイロにあるイスラーム・スンニ派の最高権威機関「アズハル」も、テロには「宗教」や「祖国」による正当性は全くなく、キリスト教徒とムスリムとの違いもないとの声明を発表。エジプトでは、キリスト教徒とムスリムは常に共存してきたとし、コプト正教会に対する攻撃は、「アッラーの神が拒否される犯罪だ」と強調した。
ローマ教皇フランシスコも同9日、バチカン広場での正午の祈りの席上、「私の兄弟なる」との言葉を用いてタワドロス教皇、コプト正教会とエジプト全国民に思いを寄せるとともに、犠牲者に哀悼の意を表明。その上で、「恐怖と暴力、死を及ぼす者と、武器を製造し、流通させる者の心を改心させてください」と神に祈った。同28、29日にカイロを訪問する予定の教皇は10日、バチカンでフランシスコ会の総長たちと会い、テロが懸念される状況下にありながらも「カイロ行きを実行する固い決意」を表した。自身の教皇名として「フランシスコ」を選んだ教皇は、1219年にイスラームの軍と十字軍(キリスト教)の間での聖都エルサレム争奪戦が続く中、エジプトを訪問して和平交渉を試みたイタリア・アッシジの聖フランシスコの足跡をたどろうとしているのだといわれている。
一方、コプト正教会に対するテロ事件後、「イスラーム国(IS)」を名乗る過激派組織の通信社が、「不信仰者たちは、川となって流れる自身の信徒たちの血という代価を払って知るべきだ」との犯行声明を出した。犯行グループにとって、バチカンやコプト正教会、アズハル、エジプト政府の対話は、「不信仰者による」ものであり、容認できずにテロ攻撃の標的とするのだ。これによって対立をあおる狙いがある。また、無防備なキリスト教を攻撃すれば欧米のメディアが取り上げることを計算し、活動の宣伝になるためだといわれる。
コプト正教会の信徒数は、エジプト総人口(約8200万)の約1割にあたる。アラブ圏のキリスト教では最も古い歴史を有し、最多の信者数を誇る。2013年以降、約40回にわたり信徒や教会がテロ攻撃を受けてきた。一昨年にはリビアで21人のコプト正教会信徒の労働者がISグループによって拉致され、殺害された。昨年12月には、今回と同じアレクサンドリアの教会で爆弾テロが、今年2月にはシナイ半島でIS系グループの襲撃事件が起こるなど、予断を許さない状況が続いている。