バチカンから見た世界(44) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
法句経と聖フランシスコに示された共通の基盤
ミャンマー訪問中のローマ教皇フランシスコは11月19日、同国の国家サンガ大長老会議の指導者と会見した。席上、スピーチを行った教皇は、あらゆるものが関係して存在していることを教える仏教の諸法無我に照らして、人間関係の一致を実現していくには、あらゆる無理解、不寛容、偏見、憎悪を克服していくことが必要と強調した。その上で、「怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合うことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言の人にうち勝て」※という法句経の一節と、「主よ、私を平和の道具となさしめてください。憎しみがあるところに愛を、争いがあるところに許しを(中略)、闇あるところに光を、悲しみあるところに喜びを」というキリスト教の聖フランシスコの言葉を引用。「こうした叡智(えいち)が、文化、民族、宗教的確信の違いによって傷ついた人々を癒やし、忍耐と理解を育むための努力に息吹を与え続けていくように」と願った。
これを受けて、カバーエーパコダで教皇を歓迎した同国仏教界の最高指導者である、同大長老会議のバダンタ・クマラビヴァム会長がスピーチ。この中で、宗教を誤用して行われるテロを強く非難するとともに、「平和と安全を保ち、人間社会を繁栄させていくには、諸宗教者が互いを理解し、尊重し合い、信頼を構築することが急務である」と呼び掛けた。
また、「われわれ全員が、宗教的理由を用いて引き起こされる憎悪、虚偽のプロパガンダや、紛争、戦争を扇動する表現を告発し、そのような活動を支援する者たちを非難する」との意思を表明。「世界の全ての宗教指導者は、それぞれの教えに従いながら、教えが示す調和のとれた人間社会の構築にまい進し、世界の平和と安全のために身を投じていかなければならない」と訴えた。
ミャンマー上座部仏教の最高指導者とカトリック教会最高指導者の間で、仏教・キリスト教間対話と協力に関して共通の“地平”が設定されたと言えるだろう。11月13日から16日まで台湾で開催された「第6回仏教徒・キリスト教徒会議」における最終宣言文も、ミャンマーで2人の宗教指導者によって設定されたものと同じ地平を見据えている。
宣言文では、長年にわたって仏教徒とキリスト教徒の間に相互理解と知識を促進してきたのみならず、「共通の価値観を基盤として平和と非暴力の文化を促進するため、関係と協力を強化してきた」ことが確認された。一方、21世紀の現状については、「民族、文化、宗教的属性とアイデンティティーをも巻き込む紛争を特徴とする」と分析。「全ての人間存在のための正義を基盤とする平和文化の構築と、われわれの『共通の家』である地球環境の保全を進めていくには、まだまだ、多くの課題が残されている」と指摘した。
だからこそ、信仰と宗教的倫理を持つ仏教徒とキリスト教徒の役割は大きく、「キリストの愛とブッダの慈悲について語ることにより、粉砕された世界に新しい希望を与えていかなければならない」としている。その希望には、「声を上げることもできない弱者を擁護し、正義のために立ち上がり、人間の心と社会を回復させ、宗派主義から自身を遠ざけ、さまざまな宗教や文化を分断する壁をつくらせない」ことも含まれる。今回の会議を「無関心が広がる中で、平和と非暴力の文化を醸成していくための重要な一里塚」とした宣言文は、両宗教の信徒が共に担う10項目にわたる具体的な協力活動を提示した。
※引用元 『ブッダの 真理のことば 感興のことば』(中村 元 訳・岩波書店)