座談会『全ての子どもが安心できる学校とは』 インクルーシブ教育の可能性を平田さんと語る

自然に育まれる理解と尊重

平田 就学前、障害児幼稚園と地域の幼稚園を併用した時、それまで自分の意見を表明しなかった和毅が、地域の幼稚園に行くときは、行き先を示すカードをうれしそうに持ってきて自ら支度までしていました。様子を見に行くと、すごく楽しそうに友達と遊んでいた。和毅はそれまで自立や「できるようになる」ための訓練ばかりしてきたので、これがずっと続く人生より周囲の理解を得た中で生きる人生の方が楽しく安心して生きられるだろうと思いました。和毅が地域を選んだならば、そこで学ぶ権利は当然あるはずです。

櫻岡章雄さん=江戸川教会=

しかし、先生たちから提示されたのは「特別支援学校がふさわしい」という言葉だけでした。法律上は選択できるはずですし、人権の視点から見ると障害のある子だけが“選べる”制度にも差別を感じますが、「この子にとって〇〇の方が幸せなのに」といった「同調圧力」や「世間のルール」によって選択しづらくなり、自由が奪われることが非常に問題だと思います。

櫻岡 私も含めて大人は自分の経験で物事を判断しがちですよね。しかし子どものさまざまな権利を守るには、彼らが意思表示しやすい環境をつくることが大事です。学校で意見を出しづらいのも、多数決で物事を決めるからでしょう。それぞれの意見を尊重するダイバーシティー(多様性)の考え方を伝えていくことが安心できる学校につながると思います。

加藤 皆さんのお話を聞いて、インクルーシブ教育が少し前進できるのではと感じた点があります。それは、和毅君の友達たちが教えてくれたことで、互いに「どう思ったか」を伝え合う対話によって、皆が穏やかな気持ちで過ごせる場をつくれるということです。

親はつい、学校、社会とはこういう場所だという「あるべき姿」を教えがちです。でも、子どもの言動の奥にある心を聴いていくことなら私にもできます。そうした対話を地道に続けていけば、制度の変化にもつながっていくような気がしています。

大山祐里江さん=荒川教会=

平田 皆さん、本当にありがとうございました。それぞれの立場で「何ができるか」を考え、行動していくことが大切なのだと再確認しました。

和毅が卒業した定時制の普通高校は中学時代に不登校だった子が多いのですが、卒業文集に息子宛てのメッセージがあって、「君がクラスにいたから、どこか安心できました」と書いてありました。とても重たい言葉だと受けとめています。和毅のように自由に振る舞う子がいると、細かなルールがない緩い空間となって、「私はここにいてもいいんだ」と皆が感じられる雰囲気になっていくのだと思います。

また、東大のある研究者によると、アメリカでは分離教育よりもインクルーシブ教育の方が学力が伸びたという調査結果があるようです。和毅の組も、クラス替えがありながら、3年間とも学力で一番になったと聞きました。曽我部先生に理由を聞くと、「わからないところを教えてと聞きやすい雰囲気だったからではないか」と言っていました。誰も排除されない安心な空間は、子どもの学力面でも良い影響があるようです。

今でも、大声を出したり突飛な行動をとったりする和毅と外を歩くと冷たい視線を感じることが多々あります。でも、和毅と一緒に過ごした友達たちが今後社会に出ていくことを考えると、インクルーシブ教育には希望しかないと確信を持ちます。互いを理解し、尊重し合う関係が自然と育まれていく学校になれば、誰もが生きやすい世の中になるでしょうし、その実現にインクルーシブ教育は寄与できると改めて伝えたいです。