座談会『全ての子どもが安心できる学校とは』 インクルーシブ教育の可能性を平田さんと語る

普門メディアセンターで行われた座談会
障害のある平田和毅さん=旭川教会=が、普通学級で友人たちと過ごし、共に成長していく姿を母親の視点から綴(つづ)った本紙連載「カズキが教えてくれたこと~共に生きる、友と育つ~」(全12回)。連載終了のまとめとして、筆者である平田江津子さん=同教務部長=を囲み、障害児を育てる母親や教育関係者と座談会を開催した。席上、今の教育現場が抱える課題や、障害のある子もない子も同じ場で学ぶインクルーシブ教育の可能性などに話が及んだ。(文中敬称略/司会進行・本紙編集部)
平田江津子さんによる発題 子どもたちに学ぶ「共生」
子どもの権利を尊重し、任せていく生き方を
平田江津子さん
昨年から1年間、佼成新聞で「カズキが教えてくれたこと~共に生きる、友と育つ~」という連載記事を書かせて頂きました。
息子・和毅は、「自閉スペクトラム症、知的発達症」と診断されているコテコテの〝自閉くん〟です。小学校は特別支援学級でしたが、障害のある子が普通学級で学び、子どもたちが自然な友情関係を築ける「インクルーシブ教育」を知り、中学校から普通学級に在籍変更しました。壁や困難もありましたが、和毅のような重度障害児が安心して過ごせたのは、3年間担任を務めてくださった担任の曽我部昌広の子どもたちに向けた眼差(まなざ)しが大きなポイントだと感じます。
曽我部先生は、和毅や他の生徒たちとの生活を思い切り楽しんでくれました。自身の経験や価値観を子どもたちに押し付けず対等な立場で接し、わからないことは生徒に相談してクラス運営をしていました。子どものダメなところを無理矢理に直そうともしません。みんなの良いところを褒めて認め、一人ひとりにその子自身の魅力を伝えていました。ちゃんとさせるよりも、お互い理解し合うことを一番大事にしている先生です。
例えば、和毅が授業中に鼻歌を歌うと、曽我部先生は「何を歌っているのかな」とクイズを始めます。級友たちからは、授業が退屈になってきた時に和毅の突飛(とっぴ)な行動がリフレッシュになったと聞きました。声を「うるさい」と捉えると排除になりますが、意味を知ろうとすれば「受容」になります。曽我部先生のクラスは、誰も排除されない、子どもにとって安心な空間なのだと思います。
こうしたクラス作りは、生徒たちの差別に対する意識転換にもつながりました。中三の学校祭で和毅と級友たちがコントを披露した後、彼らはステージから観客の生徒たちに、「カズキは障害者ですが、かわいそうでも不幸でもない、僕たちの大事な仲間です。廊下で会ったらどうかカズキに声を掛けてください!」と頭を下げたのです。理由を聞くと、他学年による差別的な視線が気になったとのこと。「カズ(和毅さん)のことを全校生徒に知ってもらいたい」と考え、自発的に企画したそうです。彼らの姿を通し、「仏種は縁に従(よ)って起(おこ)る」という教えをかみしめました。和毅の存在を機に、友達の仏性が目に見える形で表れたのだと感じます。
現在、友人たちは進学や就職でそれぞれの道を歩んでいます。和毅と過ごした日々を振り返った彼らの声を紹介します。
◆「みんなカズに対して、『これはしたらダメ』としっかり言います。カズのおかげで、人を気遣い、周りのことをよく見られる仲間になれたのだと、大人になった今改めて思います」
◆「学生時代に(教育を)分けて、社会に出たときにいきなり協力しろというのは難しい。私たちが幼稚園から過ごしてきたように、『一緒にいるのが当たり前』と思えることが実現できればいいなと思います」
「共生社会」という言葉をよく聞きますが、そう簡単ではないと私は考えます。違いが大きいほど、共に過ごすのは面倒で大変だからです。だからこそ、柔らかい心を持つ幼少期から皆で一緒に過ごすことで、共に生きるための工夫を話し合い、行動できると思います。
「和毅にはできない」と決めつけていたことが、私にはたくさんありました。でも、子どもたちは「カズと一緒にやるもんだ」と最初から遠慮しないので、本人もできるようになったことがたくさんあります。会長先生は今年の『年頭法話』で、「親が、ご宝前を中心とした生活をおくり、常に明るく、優しく、温かい言動を心がけることは、子どもたちの人間形成に決定的な影響を与えます」とおっしゃっています。大人が子どもの権利を尊重し、気持ちを聞いて任せていく生き方をできれば、子どもの未来は明るくなり、社会が変わっていくはずです。





