「世界の仏教と対話を続けるバチカン」など海外の宗教ニュース(海外通信・バチカン支局)
中東の新秩序は国際法も人権もない世界か
1948年のイスラエル建国の際に生じた「ナクバ(大惨事)」によって、ガザ地区への移住を余儀なくされたパレスチナ人。同地区の人口は3倍に膨れ上がった。2年前に発生したイスラーム組織ハマスによるイスラエルに対するテロ攻撃によって、ガザ地区へイスラエル軍が侵攻し、大量のパレスチナ人を「南に行け」「北に還(かえ)れ」と翻弄(ほんろう)するばかりか、同地区を瓦礫(がれき)の山と化した。そして、今度は、「ガザ地区を中東で一番の高級リゾート地とするから、エジプトやヨルダンへ出て行け」と命ぜられている。「ガザでの戦争が終わったら、イスラエルがガザ地区を米国に受け渡し、米国は、世界でも最大の都市計画チームを編成し、同地区を地球上でも稀(まれ)なる居住区にしていく」というのだ。
イスラエルのカッツ国防相は2月6日、イスラエル軍に対し、「ガザ住民の“自発的”な移住に対処する準備をしていくように」と命じた。「ガザ住民に対し、“移動と移住の自由”を保障しなければならない」からだ。だが、トランプ米国大統領とイスラエルのネタニヤフ首相が同月4日にホワイトハウスで明らかにした「ガザ地区の未来に関するブループリント(設計図)」は、当事者であるパレスチナ人が不在の場で、彼らの意向を聴取することもなく、あらゆる国際法、人道法、基本的人権を無視したものであった。
ガザ地区は、パレスチナ領であり、米国とイスラエルが自由勝手に“受け渡し”できるものではない。「自国領土の不可侵原則」は国際法であり、その原則は「国家や民族の自決権」をも含む。さらに、200万人に及ぶガザ住民を強制移住させることは、国連のグテーレス事務総長が指摘するように、「民族浄化」となる。人類に対する犯罪である。パレスチナ人の過去を抹消し、その未来を剝奪する行為は、パレスチナという先祖代々の土地に生息し、民族の歴史の年輪を刻んできた木を、部外者が根こそぎにし、葉をむしり取り、結実できないように枯れさせてしまうことに等しい。また、同地区を米国に受け渡し、瓦礫の山を調査・記録せず撤去することは、戦争や人類に対する犯罪の証拠を隠蔽(いんぺい)することにもつながる。国際刑事裁判所(ICC)は、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に対し、人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行しているが、記録された証拠がなければ、彼らに対する裁判が不可能となる。
トランプ大統領は6日、ICCが米国やイスラエルを不当に標的にしているとして、ICCの職員らに制裁を科す大統領令に署名し、ネタニヤフ首相は米国大統領の措置に謝意を表明した。同じ理由によって両国は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)からの脱退をも表明した。トランプ大統領が提唱する「パレスチナ人のガザ地区からの移住計画」に賛意を表明したのは、同計画を「例外的なアイデア」だとして称賛したネタニヤフ首相以外に、メシア(救世主)の到来を今でも待ち続け、パレスチナ人の存在を認めず、ユダヤ人のガザ地区への入植を主張する、ユダヤ教極右政治勢力の指導者たちだった。彼らは、ネタニヤフ連立政権の一部を成しており、ネタニヤフ首相がハマスとの停戦合意を継続するなら、同政権への支持を撤回し、崩壊させると脅している。連立内閣で財務相を務めるベザレル・スモトリッチ氏は、「パレスチナ国家の樹立という危険なアイデアを最終的に葬ろう」と呼びかけ、トランプ大統領の移住計画が「2年前の10月7日に発生した、ハマスによるテロ攻撃に対する真の対応措置だ」と主張した。
トランプ大統領は、自身が主張する「中東ドクトリン(政策)」の中核に「アブラハムの合意」を置いている。“アブラハム”はユダヤ教とイスラームに共通の祖師だ。サウジアラビアとイスラエルとの間に外交関係を樹立させることによって、アラブ諸国との緊張を緩和しながら、イスラエルの中東における宿敵であるイランへの圧力を強めていく政策だ。ところが、その肝心要のサウジアラビアが「東エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家の樹立のための絶え間ない努力」を再確認し、「それが実現されなければ、サウジアラビアはイスラエルと外交関係を結ばない」という「断固として揺るぎない立場」を表明した。サウジアラビア側からの発言を受けてネタニヤフ首相は、「それなら、広大な土地のあるサウジアラビアにパレスチナ独立国家を樹立すればよい」と皮肉めいた反応を示した。この両国間の対立は、「アブラハムの合意」による中東における緊張緩和政策を反対方向に走らせ、いまだ不安定なガザ地区での停戦をも危機に陥れる。
ハマスは、トランプ大統領のパレスチナ人移住計画を「人種差別で、パレスチナ問題を根こそぎにする」「中東を混沌(こんとん)とさせ、緊張を高める」と非難。戦争後のガザ地区の統治を主張するパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、同計画に「断固として反対」し、「私たちの民族の権利が蹂躙(じゅうりん)されることを絶対に許さない」と発言している。トランプ大統領が、一方的に、パレスチナ人の移住先として指定したエジプトとヨルダンも同計画を非難し、彼らを受け入れないと言明している。電話会談したエジプトのエルシーシ大統領とフランスのマクロン大統領は、「ガザ地区やヨルダン川西岸からのいかなるパレスチナ住民の強制移住も、重大なる国際法違反であり、2国家解決策の障害となり、エジプトやヨルダンにとっての不安定要素となる」との声明文を明らかにした。中国とロシアも、「2国家解決策を支持」して「ガザ住民の強制移住に反対」し、英国、ドイツ、スペイン、オーストラリア、ブラジル、インドネシアからも抗議の声が上がった。
ローマ教皇フランシスコは、トランプ大統領によるパレスチナ人移住計画が公表された翌5日、バチカンでの一般謁見(えっけん)の席上、「パレスチナ人の離散者に思いを馳(は)せ、彼らのために祈ろう」と呼びかけた。世界教会協議会(WCC)のジェリー・ピレー総幹事は同日、公表した声明文の中で、トランプ大統領の計画を「200万人のパレスチナ人の郷土であるガザに対する民族浄化と新植民地主義に全くもって等しい」と厳しい口調で糾弾した。この提案によって、米国の国際社会における威信が「著しく低下した」と指摘する同総幹事は、トランプ大統領に再考を促し、「国際法を尊重し、ガザ住民に対して、同等の人間としての尊厳性と権利を認めるように」とも要請した。そして、「私たちは、平和と正義のために祈り、世界で強権者の独裁に苦しむ人々を尊重していく」と強調した。
ラテン(ローマ)系カトリック教会のエルサレム大司教区で補佐司教とパレスチナ使節代理を務めるウィリアム・ショマリ司教は、ガザ地区で地雷や不発弾を処理し、瓦礫の山を撤去するには数年かかると予測しながら、「その間、パレスチナ人を移動させることは可能だが、再建された暁(あかつき)には、彼らに帰還する権利が認められなければならない」と主張する。だが、「トランプ大統領とネタニヤフ首相は、ガザをユダヤ人の入植地とし、ごく少数のパレスチナ人に対して帰還の可能性を認める意向のようだ」と予測する。トランプ大統領とネタニヤフ首相が、種々の国連決議案や2国家解決策について話さないことにも触れ、「トランプ大統領は、国連に取って代わることはできない」と非難し、サウジアラビアが明らかにしたように、2国家解決策を受け入れるよう促した。
中東の新秩序に関する国際メディアの報道で、米国、イスラエルに一辺倒の報道がある一方、パレスチナ人の声は聞こえてこない。パレスチナ自治政府のリヤド・マンスール国連大使は、「ガザも、現在のイスラエル領も、もともとは先祖代々のパレスチナ領だった」と主張。「これが、われわれをガザ地区から蹴り出そうとする者たちへの返答」だとし、「(ガザ地区の外で)幸福で安全な土地を提供しようと考える者たちに対し、われわれは現在のイスラエル領に喜んで帰還すると言いたい。(イスラエルの建国によって)われわれが蹴り出された土地が、われわれの故郷なのだ」と言う。そして、「それが不可能なら、ガザはパレスチナ国家の一部として残り」「どんな地球上の権力者といえども、ガザを含むパレスチナ人の先祖代々の土地から、われわれを移住させることはできない」と姿勢を崩さない。米国のユダヤ教のラビと指導者350人は13日、「ニューヨーク・タイムズ」紙に1ページの広告を打ち、「トランプ大統領は、パレスチナ人をガザから退去させると公表した。だが、ユダヤ人たちは、民族浄化に対して“NO”と言う」との見解を明らかにした。