第40回庭野平和賞 受賞者ラジャゴパール P.V.氏 記念講演
まず、この「非暴力統治」からお話しをします。科学やテクノロジーをはじめ、さまざまな分野の発達に伴い、私たちは権力や地位を有する人間の行動の質も向上するものと思いがちです。残念ながら多くの国の為政者たちの姿を見れば、その推測が誤りであることが分かります。「非暴力統治」ということですが、より非暴力的な統治を求める声に応え、私たちは政策決定者が最貧層への責任を果たすよう努力を続けてまいりました。そして多くの場所で一種の住民主体の運動を立ち上げ、その運動を通して、警察や治安部隊を動員して反対意見を抑え込むのではなく、あくまでも対話による問題解決を訴えました。特に土地、森林、水に関連した課題は、社会全体を包摂する政策をつくっていくことを、多くの政策立案者に働きかけてまいりました。
私たちの活動は政策転換が実現しただけでは終わりません。これまで実際にインドの一つの州に「平和局」を設立し、現在も他州や国外に向けて「平和省」の創設を提唱しています。平和で非暴力的な統治は大衆と国家の協力関係を強化する制度から生まれるものです。その中では、大衆は自分たちの問題解決に自主的に取り組めるため、優位な立場を得ることができます。このような4項目のアプローチの一つとして挙げられている、平和で秩序ある社会の構築、これを目標の一つにするならば、政府組織と大衆が協力して紛争を解決することが不可欠なのです。
次に、「非暴力社会行動」についてもお話しします。今日(こんにち)の世界には数百万人の生命と生活に大きな影響を与える危機が無数に存在し、私たちはこれを構造的暴力と呼んでいます。人々は組織をつくり正義を要求することで対抗していますが、心配なのは今日、暴力化する抗議行動が増加し、大衆が目的を達成できないまま社会に対する不満を募らせていくことです。社会運動の指導者には非暴力手段に対する深い理解が必要です。この理解がないと、大衆が暴力に駆られることになりかねません。
インドの自由闘争において、マハトマ・ガンディーの最大の強さは「非暴力社会運動」を手段にしたことでした。マハトマ・ガンディーの同志ヴィノーバ・バーヴェも、インドの農地改革に向け大規模な非暴力運動を組織しました。私たちは組織として何年も前に「非暴力社会運動」を手法として取り入れ、青年を対象に貧困層の人々を草の根レベルで組織する訓練を行い、多くの青年たちを養成しました。この訓練を含め、これまで行った活動の成果は、その多くが非暴力手段から生まれたものです。
ここで一つ、エピソードをお伝えします。2007年に私たちは大規模な非暴力運動を行いました。その時は2万5000人が参加して、チャンバルからニューデリーまで350キロの道のりを1カ月かけて「徒歩行進(フットマーチ)」をしました。行進を先導してくれたのは太鼓を打ちながら祈りを捧げる日本人仏教僧のグループでした。この徒歩行進は土地を持たない人々が土地の権利を求めるもので、とりわけ先住民にとっては非常に重要であったわけです。そして、さらにそれぞれが自ら参画することができるということが分かりました。
また、「非暴力経済」ということですが、多くの人々に苦しみを強いるような経済は、優しい経済、あるいは包摂的な経済とは言えません。先住民、漁民、難民、スラム住民、農民、農場労働者の収入は日当によるものが多く、安定していません。経済は彼らのために動いてはいないのです。
4項目のアプローチの一環として、多数の小規模地方生産者のグループが共同して農産物を出荷し、絆を深めたことで、彼らによって「非暴力経済」が創出されていることが示されました。私たちは現在、大企業によってコントロールされることの多い世界経済とは対照的に、有機農法、自然農法、手織り、手作り生産など、多くのミクロ経済活動によって「マクロな物語」が創成されつつある時代の変化を目の当たりにすることができます。マハトマ・ガンディーの言葉にあるように、「全ての人間の必要を満たすことはできても、全ての人間の欲望を満たすことはできない」のです。
「非暴力経済」は多くの人々に影響を及ぼしている気候危機への応答でもあります。今こそ生産、流通、そして消費を地球にとってより持続可能で非暴力的なものにしなくてはなりません。マハトマ・ガンディーの同志の一人J.C.クマラッパも、永続する経済の創生、すなわち大衆や貧困層に配慮し環境に優しい経済ビジョンを構築する必要性を説いています。
さて、最後は「非暴力教育」についてです。今日の若者たちは平和の力よりも武力への信頼を強めているように思えます。その背景には暴力的な行動パターンを増幅する娯楽ツール、ソーシャルメディア、動画の影響があり、不幸にもその影響を受け、暴力を使えば目的を達成できると考える子どもがいます。また、自分の子どもが社会で成功し裕福な生活ができるように、子どもを大学に入れることだけに集中し、どうすれば平和な社会づくりに役立つ子になるかなど、考えたことのない親たちもいます。青年たちに奨励しているのはピース・クラブ(平和のためのグループ学習や活動)の発足です。こうした計画が広範囲に受け入れられ、できるだけ多くの教育機関に平和と非暴力の基盤が拡大していくように、私たちはネットワークづくりに取り組んでいます。
学級活動や課外活動に加え、「非暴力教育」がさまざまな独自の方法で実施されるよう、私たちは多くの国家ないしは州政府に対し、非暴力教育を促進する平和省(もしくは平和局)の創設を提唱しています。子どもや青年たちが平和を警察や軍隊に任せたりせず、自ら平和を築く大切さを学べるようにするためです。平和教育は平和構築の中心となるものです。そしてこの4項目のアプローチは、世界中の人々の深い共感を得て初めて広範囲での実践が可能になるのです。