新型コロナウイルスがイタリアに残した爪痕(バチカン記者室から)

イタリア北部のロンバルディア州は、国内で新型コロナウイルスの感染が最も拡大した地域である。同州では4月29日現在、感染者が3万6122人。死者は、国全体の半数以上に当たる1万3679人に上る。

同州都のミラノ市で最も大きいマッジョーレ墓地(別名・ムゾッコ墓地)に23日、「キャンパス87」という新しい地区がつくられた。同ウイルスに感染し、誰にも看取(みと)られることなく他界した人々を埋葬するためだ。

そこには、61本の小さな木製の十字架が立ち並んでおり、一つ一つに名前や生年月日、亡くなった日が記されている。彼らは、家族や親族による葬儀が行われず、遺体も引き取られないという悲哀を胸に秘めたまま永眠した人たちだ。路上生活者だったのか、あるいは、家族や親族が感染して隔離されて一人残されたのか。

ミラノ市役所で社会サービスを担当するロベルタ・コッコ氏は言う。「全ての人の尊厳を守るため、埋葬場所を提供しなければならない。誰にも世話をされなかった彼らに配慮を示すのは、とても重要なことだ」。

イタリアの国家医療制度は州が担っており、2007年ごろから感染症の流行を想定し、各病院にマスクや防護服、手袋などの備品を配備するよう検討がなされていた。しかし、実施には至らなかった。

こうした中で今年2月から、同国北部を中心に、突如として新型コロナウイルス感染症が流行し始めた。呼吸困難の患者が救急車で次々と集中治療室に運び込まれ、病院は満床の状態に陥った。治療に当たる医師や看護師は、医療用マスクが不足する中、防護服を着用せずに重篤な患者の治療に当たった。「素手で戦争の真っただ中に放り出されたようだった」と、医師たちは振り返る。

26日現在、1万9942人の医療従事者が感染し、150人の医師と35人の看護師が殉職した。しかし、医師や看護師の不足に対応するため、政府が医療支援ボランティアを募集したところ、定員を数倍も上回る応募があったという。定年した医師たちが復職し、中には80歳を超える医師が現場に復帰して殉職したケースもある。

厳しい現場を体験してきた彼らは、多くを語らない。ただ一言、こう口をそろえる。「人の命を救うのが医師(看護師)の任務だから」。

イタリアの医師協会は、病院が医師を十分な方法で防護しなかったという理由で、各地の地方検察庁に訴えている。国民は全国各地で、医療従事者に対する感謝と敬意を記した国旗をバルコニーに掲げた。

同感染症が拡大して以来、同国では、聖職者ら100人以上が感染し、命を落としている。感染症に苦しむ信徒たちを家庭や病院で見舞い、慰め、励ますうちに、自らも感染したのだ。

また、路上生活者に食料や医薬品を手渡したり、身寄りのない高齢者や生活困窮者らの支援活動に奔走したりする中で感染した神父もいる。「やるべきことをなした。神父としても、自身に欠点があったにせよ、良き任務を果たせたと思う」と辞世の句を残した神父もいる。彼らの姿は、感染した信徒の心を慰め、最後まで付き添う“司牧者”そのものだった。

ローマ教皇フランシスコは常々、「司牧者には羊(信徒)の匂いが身に染み付いていなければならない」と発言していた。復活祭(4月12日)の前、医師や看護師と同じように、教皇は、愛のために自らの命を捧げたカトリック神父、修道士たちを、「十字架にかけられた人たち」「お隣の聖人」と呼び、感謝と敬意を表した。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)