【同志社大学教授・竹内オサムさん】時代を映す日本のマンガ 世界に通じる魅力と背景

皆が作品を発表できる時代 人間を描くという根本は不変

――日本のマンガの魅力とは何でしょう?

誰もが持つであろう人間の欲望が描かれ、読者がそこに思いを寄せることができるからだと思います。例えば強くなりたいとか、金持ちになりたい、おいしいものを食べたいといった、そうしたさまざまな望みをモチーフにして描き、物語として展開されていきます。

道徳的な観念にとらわれず、時にはモラルを破って、良いも悪いもリアルに人間を描くのがマンガの特性とも言えるでしょう。アウトローであったり、タブーに切り込んでいったりする、実はそういうところが人間の本質や根源的な欲望とつながっていて、魅力があるのではないでしょうか。

なかでも表現の幅を格段に広げた手塚治虫さんは、娯楽性だけでなく、芸術性や教育性を追求した作品を次々と生み出しました。愛と憎しみ、生の歓(よろこ)びと別離の哀しみ、希望と絶望、善と悪、美と醜、戦争の悲惨さと平和の喜び、差別と抵抗といったコントラストによって、人間を描いたのは見事です。そして過去と未来、天国と地獄、魔法と科学、怪奇と幻想といった非日常的次元の物語から肉体と心の変容、女性性と男性性などの主題をストーリーに混ぜ込み、一人の人間の複雑さや人間の生の真実を分かりやすく描いています。文学書や哲学書でしか出合わない世界に、子供の頃からマンガによって、いとも簡単に出合うことができるようになったのです。

戦後、マンガは自由な表現の場があったからこそ、発展しました。ところがこの10年、文部科学省がマンガを日本文化の一つと位置付けて全面的にバックアップしようとする中で、自由に面白さを追求するという面では、非常に難しい局面を迎えています。自由の幅が狭まる中で、奇想天外な物語展開や荒唐無稽さといった面白さを今後も引き継いでいけるかどうかが課題です。

――現代という時代を捉えた新たな試みや新たなジャンルの開拓はありますか

高齢者を題材にした作品が増えていて、新たな試みだと思います。有名なものでは、矢部太郎さんの『大家さんと僕』、認知症の母と息子の日常を描いた『ペコロスの母に会いに行く』などがあります。

『ペコロスの母に会いに行く』は、作者である岡野雄一さんの実体験を基にしていて、認知症という深刻な病との向き合い方を、とてもほのぼのとした内容で表現した作品です。母親への深い愛情がひしひしと伝わってきます。超高齢社会の日本だからこそ生まれたもので、多くの読者から支持や共感を得ています。

こうしたマンガは、日本社会にある特有のテーマを取り上げ、それに作者自身の思想や価値観を織り交ぜているもので、まさに時代を切り取って表現していると言えます。時代を捉えるスピード感はマンガならではで、文学では描き切れない部分が多いと感じます。

一方、個人の趣味が多様化し、作品も多様化していますから、傾向をつかみにくいのが現代の特徴と言えます。発表される場も、かつてはマンガ雑誌でしたが、現在はインターネット上に広がりを見せています。発表しようと思えば誰もができる時代ですが、人間を描くという根本は変わらないでしょう。人間の本質を捉えた奥深い作品がこれからも生まれていくことを願っています。

プロフィル

たけうち・おさむ 1951年、大阪府生まれ。同志社大学教授。専門は漫画史、児童文化。80年に漫画研究誌「児童漫画研究」、97年に評論研究誌「ビランジ」を創刊した。著書に『手塚治虫論』(平凡社)、『戦後マンガ50年史』『マンガ表現学入門』(共に筑摩書房)、編集・監修に『マンガ・アニメ文献目録』(日外アソシエーツ)など。昨年、第21回文化庁メディア芸術祭功労賞を受賞した。
 
「ビランジ」最新号の紹介

竹内教授は、評論研究誌「ビランジ」を定期的に刊行しています。「ビランジ」はマンガ家や研究者による寄稿を掲載した冊子で、9月に最新号(44号)が発行されました。無料ですが、一冊ごとに郵送料(切手240円分)が必要です。詳しくはウェブサイト「竹内オサムのホームページ」(http://www8.plala.or.jp/otakeuch)。