バチカンから見た世界(142) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(1)

パレスチナ領ガザ地区を実効支配するイスラーム過激派組織ハマスが10月7日、イスラエル領内に向けて5000発とも報じられた(イタリアのメディア)ロケット弾を発射した。イスラエル軍は、報復としてガザ地区を空爆した。双方の死者は2100人以上(11日現在、共同通信社=47NEWS=)に上る。同国のネタニヤフ首相は、「われわれは戦争状況にある。敵は、かつてない代償を払う」と声明を明かした。

イタリアの「ANSA通信」によると、イスラエル軍の空爆によってガザ地区では、死者が950人、負傷者5000人となり、イスラエルでの死者は1200人を超えた。ハマスの戦闘員がイスラエル領内に侵入し、約100人のイスラエル人を拉致したが、750人の行方不明者も出ているとのことだ。また、隣国レバノンからは、イスラーム・シーア派武装組織ヒズボラが、イスラエル領に向けて砲撃を開始したとも報道されている。国連筋によれば、ガザ地区で12万3000人に及ぶ避難民が発生しているとのことだ。イスラエル軍は予備兵を招集し、史上でも稀(まれ)に見る重大な危機的状況を発生させたハマスからの大規模な攻撃に備え、ガザ地区での大規模な地上部隊の展開をも準備している。

欧米の政治指導者たちは、一様にハマスのテロ攻撃を非難している。ハマス側は、今月6日まで1週間続いたユダヤ教の祭り「スコット」(仮庵=かりいお=の祭り)にかけて、5000人を超えるユダヤ教徒が聖都東エルサレム(旧市街)にある「アルアクサ・モスク」(ユダヤ教では「神殿の丘」)の敷地内に入ったことを受け、「イスラームに対する冒とく行為であり、イスラエル攻撃に踏み切った」とロケット弾攻撃を正当化した。

「アルアクサ・モスク」(神殿の丘)は、ユダヤ教徒にとって最重要な聖域である一方、イスラームでも3番目に重要な聖地である。この2宗教に共通する聖地に関しては、過去数世紀にわたり培われてきた「慣習」として、「ユダヤ教徒は、期限を限って神殿の丘(の敷地)を訪問できるが、立ち止まって祈ってはならない」と定められてきた。イスラームの聖域に5000人ものユダヤ教徒の入場を許可したイスラエル側の行為をハマス側は非難し、攻撃の口実として使ったのだ。

「アルアクサ・モスク」でのパレスチナ人とイスラエル治安部隊との衝突、ハマスによるイスラエルへのロケット弾攻撃、報復としてのイスラエル軍による空爆という交戦の図式は、2021年、また今年5月にも発生した。この背景には、イスラエル政府と国内の自治体が推進するパレスチナ人に対する強硬政策(東エルサレムのユダヤ化)があり、中東和平を左右する大きな障害として横たわっている。

パレスチナ人は、彼らの国家の首都を東エルサレムと主張するが、イスラエル議会は、エルサレムは永遠に分割できないイスラエル国家の首都と宣言している。エルサレムは、歴史的にヨルダンの統括する東エルサレム(3宗教の史跡が混在する)、イスラエルの支配する西エルサレムに分割されていた。しかし、1967年の第三次中東戦争中にイスラエルがヨルダン川西岸地区を占領した際、周辺28自治体を含む東エルサレムを西に併合(国際的には認められていない)し、実効支配するようになった。ヨルダンは94年、イスラエルと交わした平和条約で、ヨルダン川西岸と東エルサレムの領有権を放棄。それ以降、イスラエル政府は、エルサレム、特に東エルサレムで、パレスチナ人居住者の制限(総人口の3割以下に抑える)、パレスチナ人の居住権剝奪、不動産の押収といった、エルサレムの「ユダヤ化」政策を推進してきた。

パレスチナ人の「アルアクサ・モスク」へのアクセスも、イスラエル治安部隊によって管理された。治安維持やテロ予防対策などを名目に、入場者数が制限されたり、個々人のムスリム(イスラーム教徒)が検査対象となったりするようになった。イスラームの聖地にアクセスするムスリムを制限、コントロールしながらも、大勢のユダヤ教徒に対して入場を許すという東エルサレムでのユダヤ化政策は、ハマスが中東で自身の存在感を示すためにイスラエルを攻撃し、それを正当化する口実として使われたのだ。

さらに、昨年末に極右ユダヤ教勢力の支持を得たイスラエル史上最右翼と評されるネタニヤフ政権が成立して以来、東エルサレムでは、ユダヤ教超保守派グループによるムスリムやキリスト教徒などへの挑発、暴力行為が、頻繁に報告されるようになった。

ネタニヤフ首相は7日、治安閣議で「長く困難な戦争に着手する。目的完遂まで制限も中断もない」と発言した。