バチカンから見た世界(40) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
ムスリム排斥を祈る人々の“壁”――ポーランド国境
10月7日は、1571年にギリシャのコリント湾口のレパント沖で、ローマ教皇ピウス五世、スペイン(フェリペ二世)、ベネチア共和国のキリスト教国の連合艦隊が、イスラームのオスマン帝国海軍を打ち破った「レパントの海戦」の戦勝記念日とされている。今年の10月7日、ポーランドでは、約100万人のカトリック信徒たちが全長3500キロにわたる国境線に集結し、ムスリム(イスラーム教徒)の移民を排斥する、祈りの一大集会を実施した。
ポーランドといえば、東西冷戦下の1978年にローマ教皇に就任したヨハネ・パウロ二世を輩出し、当時、共産主義の無神論政策が敷かれる中、教皇が中心になってこれに対抗し、カトリック教会が国家のアイデンティティーの一つとなった国だ。東西冷戦の壁を崩壊させる突破口となったことでも知られる。その国で、人々は「平和と、祖国を守り、欧州諸国が世俗化、特にイスラーム化されないよう救済を求めて祈ろう」と呼び掛け合い、国境付近にある320の教会と、4000を超える仮設祈禱(きとう)所で集会が行われたのだ。
どの教会でも、どの祈禱所でも、ロザリオ(数珠状の祈りの用具)を手にした信徒たちが入り切れず、路上にあふれたという。ワルシャワ国際空港「ショパン」の礼拝堂も信徒たちで満杯になり、バルト海に面するグダニスク港の沖では、漁船やヨットが海上を封鎖したとのことだ。東欧中部で最も大きく、要の国とされるポーランドは移民が通過することはなく、さらに到着地でないために、その影響を受けているわけではないのだが、ムスリム移民を受け入れることはなく、欧州連合(EU)による難民の割り当て制度を拒否している。
EU圏内で最大の反移民集会となった今回のイベントを企画した、ポーランド・カトリック司教会議の報道官であるパウエル・リテル・アンドリアニク神父は、「ロザリオの祈りは、“悪”(イスラーム)に対する強力な武器だ」と発言。南部の都市クラクフのマレク・イェドロチェスキー大司教は、「欧州が自身の文化を救うために、キリスト教であり続けるように祈ろう」と呼び掛けた。また、グダニスクで「ニューヨーク・タイムズ」紙からインタビューされたある信徒は、「過去にオスマン帝国軍がキリスト教を攻撃し、今日ではテロがわれわれの信仰を襲うイスラームの脅威」について語ったという。
ムスリム排斥の祈りの“壁”は、単独政党で同国の政権を担当し、EU懐疑派であり、反難民政策を実行する保守派政党「法と正義」によって支持された。同党を設立したヤロスワフ・カチンスキ元首相(カチンスキ元大統領の一卵性双生児の兄)は、ハンガリーで「民族の同質性」「移民は毒」「キリスト教の欧州」といった主張を繰り返し、国境に移民排斥の有刺鉄線を張り巡らせたヴィクトル・オルバン首相の思想を共有する政治指導者だ。2人とも、トランプ米国大統領の信奉者でもある。
さらに、教皇フランシスコのカトリック教会の改革や難民問題に関する発言に関して検閲を実施する、あるいは報道しないことで知られる原理派の「ラジオ・マリア放送」と、そのテレビ局も、今回のムスリム排斥のイベントを支援した。著名なスポーツ選手、テレビタレント、俳優の中からも、賛同の声が上がり、カトリック教会内部から反対の声はほとんどなかったと伝えられる。「ロザリオは、イデオロギーの武器ではない」と強調し、ムスリム排斥の祈りの壁が「教皇フランシスコの教えに反する」とする、タデウス・ピエロネク司教(同国カトリック司教会議・元事務局長)のような主張は少数派だ。
教皇フランシスコは11月4日、難民と移民問題についての国際会議を主催したカトリック大学の関係者たちと面会し、スピーチ。この中で、「長い伝統を有するキリスト教国においても、移民問題が差別や人種恐怖症といった反応を引き起こしている」と排斥を非難し、憂慮の念を表した。