シンガーソングライター さだまさし 特集・ありがとう普門館(2) 

祈りの場であり、神聖な場所

忘れがたいホール――普門館(12月から解体工事に入る)に特別な思いを抱くアーティストは多い。「めざせ普門館」を合言葉に中高生たちも青春を捧げた。全日本吹奏楽コンクール全国大会の会場だったからだ。特集「ありがとう普門館」の第二弾では、普門館で22回のコンサートを開催した歌手のさだまさしさんに普門館との思い出を語ってもらった。

写真提供:(株)まさし

祈りの場であり、神聖な場所なのだ――普門館の舞台の奥で、仏さまが安置された祭壇を目にした瞬間、伝わってくるものがありました。普門館という建物がもっている息づかいのようなものに打たれたと言ってもいいかもしれません。

どのコンサート会場でもそうなのですが、開演前に施設内をなるべく確認することにしていて、普門館の場合も広いホールを歩きまわっている時に祭壇を目の当たりにしたのです。佼成会の皆さんの誠意がひとつに集まったホール、それが普門館なのだと身の引き締まる思いでした。38年前の1980年、初めて普門館でコンサートを開いた時のことです。

それ以来、90年まで10年間で22回のコンサートを普門館で行いました。公演日程の真ん中を休みにし、それを挟んでそれぞれ3日間ずつコンサートを開催したのが81年で、精神的にも体力的にもきついスケジュールでした。普門館の収容人数は5000人ですので、6日間で3万人のお客さんに来ていただいたことになります。また、39度5分の高熱を押してステージに立ったこともありました。年齢的には二十代の終わりから三十代の終わりまでで若かったからこそできたことなのでしょう。

コンサートも、ひとつの“祈りの場”かもしれません。そしてそれが、歌の原点であるようにも思えます。特にチャリティーコンサートはストレートにそれを感じさせてくれます。普門館でのコンサートもよくチャリティーで行いましたが、最近は地震や津波、豪雨などの被災地を巡ることが多くなりました。「さだまさしが来るぞ」ということで体育館や公民館に大勢の人たちが集まってくださいます。中にはご家族を亡くされた方や家を失った方もいらっしゃることでしょう。切なさ、悲しさ、そして慰め、安らぎ、それから勇気……。歌に涙し、トークに大きな声で笑ってくれます。

【次ページ:観音さまのように、多くの人に親しまれ】