【宇宙飛行士・油井亀美也さん】地球の未来を願い 希望のせて宇宙へ

国際宇宙ステーション(ISS)のロボットアームで把持された「こうのとり」5号機と、ISSから見た地球 (写真提供・宇宙航空研究開発機構/JAXA、アメリカ航空宇宙局/NASA)

いまだ解明されていないことが多く、無限の可能性を秘めている宇宙。人類初の人工衛星打ち上げから半世紀たつ今、地球と全く異なる環境の特性を生かして新しい科学を開拓しようと、宇宙開発は急速に進歩を遂げている。国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する5人目の日本人宇宙飛行士として油井亀美也さんは、2015年7月から約5カ月間(約142日)ISSでの諸活動に従事。日本人で初めて宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機の把持に成功したことでも世界の注目を集めた。ISSでの実験をはじめ、宇宙滞在を通して深めた世界平和への思い、宇宙開発の現状と未来に秘められた可能性について聞いた。

 互いを尊重する文化 地球上でも広がれば

――ISSではどのような実験をしたのですか。

宇宙航空研究開発機構/JAXA 油井亀美也さん

さまざまな実験をしましたが、今回、特に印象的だったのは、たんぱく質の高品質結晶を作る実験でした。地上で同じ試みをしても、重力や温度、対流の影響できれいな結晶ができず、結晶の構造を解析したときに分析結果がはっきり出ないのですが、宇宙では何の妨げもなく、鮮明な結晶を作ることができました。この結果が今後、病気のメカニズム解明や新薬の開発プロセスの短縮化につながるなど、比較的早期に成果が出ることが期待できます。

私たちの体は、筋肉をはじめ皮膚や毛、骨など、約20%がたんぱく質でできており、病気の原因となるのも、治癒させるのもたんぱく質の力です。その作用を解明することは、私たちの健康に大きく関わってきます。

また、複数の国々が協力して、この研究に取り組んでいるということにも大きな意味があります。「高品質タンパク質結晶生成実験」は日本が進める実験ですので、私も研究準備を主体的に担当しました。しかし、実際に宇宙船「ソユーズ」を打ち上げるロシアとの協力は必要不可欠。研究成果を得るだけでなく、ロシアと“WIN-WIN”の関係を築くことができたのは、今後、世界で物事を進めていく上での足掛かりになるのではないかと思っています。

――ISSから地球を眺めた感想は?

日本の上空を通過しているときは、写真をたくさん撮りました。宇宙は非常に快適で、私はこのままずっと住みたいとすら言っていたのですが、やはり、富士山の美しい姿を見ると、<日本はいいな。帰りたいな>としみじみ思いました。他にも、地球にはきれいな景色が数多くあることが再発見できたので、世界中、いろいろな場所へ行ってみたいですね。

また、ISSは、サッカー場と同じくらいの面積があり、ISSの進行方向正面に「きぼう」日本実験棟、右側に欧州、後方にアメリカ、ロシアの実験棟が続きます。ISS内には、七つの窓を備えた、地球や天体などの観測施設「キューポラ」があります。宇宙には空気がないため、星が瞬きません。だから球体の星と地球とを一緒に眺めることができます。

ISSから地球までの距離は400キロあるため、肉眼では限りがあり、細かい箇所は大きめな望遠レンズを使わないと撮影できません。加えて、ISSの速度は時速2万8000キロ、秒速で8キロのスピードで、ものすごく速い。地球を1周90分、1日で16周します。東京―大阪間を1分以内に過ぎてしまう計算ですので、地上のある一点を撮影しようとしてもチャンスはわずか。それでも、飛行機雲を肉眼で確認でき、その先を見ると飛行機が飛んでいる。速度や距離を考えても、意外と細かいところまで見えるのだな、という印象を持ちました。

――宇宙開発事業に携わり改めて感じたことはありますか。

地球への帰還前、ソコル宇宙服を着た油井宇宙飛行士ら(写真提供・宇宙航空研究開発機構/JAXA、アメリカ航空宇宙局/NASA)

有人宇宙開発には、ロシアとアメリカの宇宙飛行士と参加しました。国の歴史や文化、言葉といった違いを互いに理解し、尊重し合おうという精神のもと、それぞれが得意な分野を生かして協力し合う。こうしたISSの文化が、私はとても素晴らしいと思いました。たとえ同船した飛行士の国と国の間に、地球上で争いごとが起きたとしても、宇宙では平和に、大きなプロジェクトを進めています。

また、ISSでの生活では英語とロシア語が公用語でした。ある時、アメリカ人の飛行士仲間がロシアで報道されているニュースを見ながら、「それぞれの立場で世界のニュースを見ると、真実は、真ん中くらいにあるのだろうな」と話していました。お互いを理解し合うということは、自分の文化に誇りを持ちつつ、相手にも自分と同じものがあると分かることではないかと思いました。

かく言う私も、自衛隊に所属しているときにはロシアのことは全くと言っていいほど知らず、勝手に心の距離を置いていました。相手を尊重できるようになりたいと思うようになり、温かい言葉がけはもちろんのこと、相手国の歴史や文化、テレビ番組や音楽を聞くといった努力を重ねました。すると相手との会話も弾み、日本に興味を持って質問をしてくれる。そんな体験をしました。相手を知ることは、平和をつくり上げる意味でも、とても大事だと私は思っています。

相互を尊重する文化が地球上でも広がれば、世界が平和で住みやすいところになるのではないかと改めて感じました。

夢を公言し語り合う 無限の可能性信じて

油井さんのミッションロゴ(写真提供・宇宙航空研究開発機構/JAXA)

――宇宙飛行士を目指したきっかけは?

宇宙へ行きたいと思い始めたのは、小学校3、4年生の時だったと記憶しています。私は長野県の小さな村で生まれ、家の周りは山に囲まれていましたので、夜には星がすごくきれいに見えました。空に興味を持ち、父から買ってもらった天体望遠鏡で毎晩星を見上げ、<宇宙ってどうなっているのかな。行ってみたいな>と思い、天文学者か宇宙飛行士になりたいという夢を募らせました。

防衛大学校を卒業して、20代前半に1年間、パイロットの勉強を目的に渡米しました。宇宙飛行士という夢に一歩でも近づくためです。当時、英語が全く話せず、非常に苦労しましたが、大きな夢のために懸命に勉強をしました。

その後、2011年に念願だったISS搭乗宇宙飛行士になることができました。宇宙飛行士候補者に選ばれてからロシア語を猛勉強し始めたのですが、最初の一年はなかなか成果が出ず、一度立ち止まって、好きになる方法を考えたのです。言葉の目的は人とコミュニケーションを取ることですから、いろいろな人と会話をするよう心がけました。するとどんどん上達し、楽しくなると苦と思わず毎日続けられました。

もちろん、失敗は数え上げたら切りがありません。しかし、失敗をしても、何が原因なのかを確かめ、足りない部分を補いながら挑戦し続ける。成功させれば、「失敗は成功のもと」になるのだと実感しました。人は年齢に関係なく、平等に可能性を持っていると思います。特に若い人たちには、自分の能力を限定的に考えず、「今、何をやりたいか」を大事にして、目標や夢を描いてほしいですね。

そして、自分の夢は、家族や身近な仲間たちに公言し、互いの夢を語り合うことも大切だと思います。道半ば、失敗することもあるでしょう。困ったらきっと周りの人が助けてくれます。また、誰かがつまずいていたときに助言することもできます。

私もそうですが、人間は大きな能力を秘めながら、自分で自らの限界を決めてしまうことがとても多い。<無理かもしれない>と、気持ちに負けて諦めてしまいそうなとき、私はいつも、夢を理解してくれている上司や同期の仲間、家族から「もっとできるよ」と励まされ、助けられています。そうした意味でも、努力を継続するときに、助け合いが非常に大事だと感じています。

――宇宙開発の未来はどうなっていくのでしょうか。

近年、太陽系に最も近いといわれる恒星「プロキシマ・ケンタウリ」を周回する、地球の1.3倍ほどの大きさの惑星が発見されました。2020年代には、口径39メートルの次世代望遠鏡(E-ELT)の建設が南米チリで予定されており、今後、恒星の光の成分から大気組成を調べ、水や生命の存在を探るといった研究が進められるでしょう。ワクワクするような面白いことはいくらでもあり、さらに今後もチャレンジを重ねる中で、新たな発見がなされると思います。

私のお気に入りに、エジプトの上空から撮影した写真があります。感慨深いのは、エジプト人たちが4000年から5000年も前に最新の技術を用いてピラミッドを造ったということ。建設当時、数千年後に人類が宇宙船を開発し、ピラミッドの上を飛んでいるとは想像もつかなかったはずです。さまざまな技術を次の世代に送り続けたことにより、現代の人間は宇宙ステーションを造り、宇宙にまで飛び出しています。遠い未来にまで技術を伝えるためには、やはり努力を継続していくことが不可欠です。そうすれば、いつか私たちが想像もできないようなことが宇宙で実現しているのではないでしょうか。

宇宙には、広さや時間軸も含め未知の可能性が秘められています。人間がいずれ宇宙に住む日も遠くないかもしれません。特殊環境にある宇宙で生活するとなれば、みんな仲良く、人類皆が力を合わせていかなければならないでしょう。宇宙の一員として人間が生存し続けられるか、そして人類や地球の未来が明るくなるかどうかが今問われていると思います。宇宙開発はその鍵となる重要性を持っていることを多くの人に理解して頂けるように発信するのが、私の使命と受けとめています。

ISSから見たオーロラと「こうのとり」5号機(写真提供・宇宙航空研究開発機構/JAXA、アメリカ航空宇宙局/NASA)

(2016年10月12日取材)

プロフィル

ゆい・きみや 1970年、長野県生まれ。92年に防衛大学校を卒業後、防衛庁(現・防衛省)航空自衛隊に入隊。2009年2月、JAXAより日本人宇宙飛行士候補者に選抜され、11年7月にISS搭乗宇宙飛行士として認定される。15年7月から12月まで、ISS第44次/第45次長期滞在クルーのフライトエンジニアとして約142日間滞在。任務中は、日本人初の「こうのとり」のキャプチャ(把持)を遂行したほか、「きぼう」船内に新たな利用環境を構築し、21におよぶJAXAの利用実験活動を行った。