利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(65) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

精神性やウェルビーイングに関心を持つ新しい政治

今回の選挙の争点として私が挙げた政治的倫理の問題は、銃撃事件などによって霞(かす)んでしまい、選挙においては、さほどの重みを持たなかったように思える。しかし、近年の最大の政治的腐敗事件は安倍政権の時に問題化しているので、元首相の死去によって、今後それらの真実が明るみに出ていくことも考えられる。この過程は、政治的な浄化へとつながっていくかもしれない。

同時に、安倍政権との対決を通じて形成された立憲民主党は、リベラリズム(近年の政治哲学における自由主義)という政治哲学の影響を色濃く受けているために、権力の横暴というネガティブな政治に対する抵抗を主軸にしており、ポジティブな倫理的政治を明確には主張していない。今回の選挙で掲げた「生活安全保障」は、今の社会にとって大事な政治的論点だが、「安全保障」という概念はやはりネガティブな脅威に対する対策である。しかしそれだけでは十分ではないことが比例区における得票数の減少に表れている。コロナ問題以降の局面においては、やはり政治には倫理性・精神性やポジティブな理念が必要なのだ。

安倍元首相の銃撃者は、過激な布教活動を展開する宗教団体に家族を破壊されて、その団体と親しいとされる元首相を狙ったという報道がなされている。そうであるなら、この悲劇は、カルト的宗教団体と政治家との関係から生じたことになる。ここには、宗教と政治をめぐる大問題が伏在している。

また、初めて議席を獲得した参政党は、「(1)子供の教育(2)食と健康、環境保全(3)国のまもり」という3点の重点政策を掲げており、保守的政党とされている。しかし、従来の保守的な新党とは異なって、有機農法などのオーガニック志向によって、SNSなどで急速に若い人々の心を捉えたという。保守的なこの政党自体の評価は別にして、このような現象には、健康や教育などにおけるウェルビーイング(良好な状態)に関心を持つ若者たちの志向性が表れていると見ることができるだろう。

このような点で、二つの歴史的事件は、政治や社会において、宗教・精神性やウェルビーイングが、大切な主題として浮上しつつあることを改めて示している。それは、私の主張している「徳義共生主義」(コミュニタリアニズム)の中心的な問題関心でもある。このような動向を直視し、旧態依然とした古い政治に代わり、物質主義的世界観を超えた新しいポジティブな政治が、立憲主義や平和主義という理念の再確立とともに、未来に向けて立ち上がっていくことを期待したい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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