『清水寺に伝わる「おもてなし」の心』(2) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

年に3週間程度のみ公開される京都を代表する名庭「月の庭」。公開の有無にかかわらず、年間を通じて庭師が手入れを行い、悠久の趣と美しさを未来へ伝え続けている(写真=筆者提供)

見えないものへの意識 感謝と尊敬を未来へ継承

「ここから次の目的地まで、ゆっくり歩いて5分ほどです」。境内にて参拝者を案内する際、私はいつもこのように声を掛ける。相手の都合にもよるが、本堂をはじめ4、5カ所ほど回ることが多い。その中で出発地点から次の目的地までのおおよその所要時間をその都度、事前に伝えるよう努めている。

というのも、あとどれくらいかかるか分かった上で歩くのと、いったいどれだけ歩かされるのか分からないままで次に向かうのとでは、同じ5分でも感じ方が違うものだからだ。充実した1時間と、嫌々過ごす1時間は、長さが全く違う。「これをあげます」と言われると喜んで持っていられるが、「少しの間、預かってください」と言われると重たく感じる。同じ品物でも10万円払ってでも欲しいという人もいれば、タダでも要らないという人もいる。昨日まであんなに愛(いと)しかったのに、翌日には「二度と顔も見たくない」なんて思った経験がある人もおられるだろう。要は同じ対象であっても、人や置かれた立場によって感じ方が違うのだ。言い換えるならば、目に見えない要素が如実に働き、我々の心に影響を与えているのである。

理想を言えば、日本の方であっても海外の方であっても、参拝者をお迎えする心構えは同じであるべきだと思う。しかし、多様な相手をお迎えする以上、伝え方も当然、多様であらねばならない。多様であったとしても、日本が世界へ伝えるべき大切な要素のうち、重要なものの一つは「見えないものへの意識」だと考えている。

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