『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(17) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

米朝首脳会談の歴史的意義

歴史的な米朝会談が6月12日にシンガポールで行われ、両首脳は北朝鮮の体制保証と、その完全な非核化について約束をする合意文書に署名した。この会談は、一度延期が報じられたように途中で大きな曲折があったから、この結果は大いに慶賀すべきことだ。世界史に残るような感動的な出来事である。

会談結果について不十分だという批判的論評が日本国内では多々行われたが、それらは大局を捉えていない。その数カ月前までは戦争の危険が本当にあり、日本政府もJアラートを鳴らして注意を喚起していたのだから、この大危機をひとまず回避したという意義をいくら強調しても、強調しすぎることはないのである。

宗教的な呼び掛けの意義

したり顔で傍観者のようなことを言っている「識者」とは異なって、戦争回避のための「祈りと対話と行動」の宗教的な呼び掛けに応えて実践した人々にとっては、この結果は単なるニュースではなく、自分たちがまさに主体的に関わった歴史的展開だろう。もちろんこの「歴史的」とも言える成果を生み出したのは、直接には関係諸国の政治家たちだが、全世界の平和を願う人々の祈りと願いにそれが支えられていることは確かだ。信仰を持つ人なら、ここに神仏のような超越的な力を感じても問題ないだろう。

振り返ってみると、この呼び掛けは、戦争の危機が高まっていた昨年10月に、対話によって争いを回避し、共存の道を探るように求めるものだった。他に類似の声明はあまり見かけなかったので、真摯(しんし)な思いに感銘を受けた。この時には、政府は国難を名目にして総選挙を行って北朝鮮への圧力を声高に主張しており、野党すら対話をさほど強くは訴えていなかった。その難局の中で出された呼び掛けだからこそ、独自の意義と宗教的見識には大きな価値がある。関係者各位の尊い努力を称えたい。米朝会談の直前と直後にメッセージが出されたことも極めて有意義である。

この問題を引き続き注視し、進展を願い続けているという意思の表明だからだ。

まずは、こういった努力の意義を結果から確認することが大切ではないか。いかにささやかに見えても、一人ひとりの願いが集まって、最終的には歴史をも動かしていくものであるからだ。

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