幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(2) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

話を聞き終えるころ、ナクラピターは亡くなるどころかすっかり回復してしまいました。のちにお釈迦さまはこのいきさつを聞いて感嘆します。「ナクラピターは果報者だ。これほど慈しみが深く、心を健やかにさせるだけでなく、智慧(ちえ)をも授けることができる妻を得られたのだから」。

夫婦とは最も近くに生きる運命共同体です。一緒に生きる時間の中で、彼らのように慈しみで苦悩を和らげ合い、心を育み合う存在となれれば、なんともすてきなことです。

とはいえ「最も近くに生きる関係」だからこそ、難しいのもまた事実。日常の生活は「どうして私ばかりが」「もっとこうしてよ」というイライラや不満、思い通りにならないことの連続です。

このお話から学ぶポイントは「気づき」です。いまの私は、どんな気持ち? この言葉は、何のために口に出そうとしているの? 一度立ち止まり、そこに気づくことができれば、より双方に利益ある言動が選べるかもしれません。

ナクラマーター自身にも、夫を失うショックや嘆きがあったはずです。しかし長年、仏道を実践していた彼女は、ここぞという場面で感情の激流に呑(の)まれず、「安らかに逝かせてあげたい」という思いやりを優先させることができました。相手の苦しみを和らげたことで、翻って自分自身の苦しみをも和らげる結果を招きました。

では、凡人の私たちは? 失敗と検証の反復で、10のうち1でも気づきが生まれれば十分と思いますが、いかがでしょうか。夫婦関係での慈しみの実践って、それくらい難しい日々の修行ではないかなあと思います。

参考文献 『南伝大蔵経』十八巻増支部経典二、二十巻増支部経典四

プロフィル

あまの・わこう 1978年、青森県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業後、夫と共に仙台市に単立仏教寺院「みんなの寺」を設立した。臨床宗教師でもある。著書に『みんなの寺のつくり方』(雷鳥社)、『ブッダの娘たちへ』(春秋社)、『ミャンマーで尼になりました』(イースト・プレス)など。現在、臨床宗教師に関するマンガを制作中。

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